取材・文:古田英毅
写真:乾晋也

「きこえない・きこえにくい人のためのオリンピック」(公式サイト)、デフリンピック競技大会。東京武道館で行われている柔道競技は最終日の18日に団体戦(3人制)が実施され、日本は男子が銅メダルを獲得。女子は5位に入賞した。

13ヶ国がエントリーした男子、日本のメンバーは73kg級の蒲生和麻、81kg級の深澤優斗、90kg級の水掫瑞紀の個人戦銅メダリスト3名。レギュレーション(-73kg、-90kg、+90kg)に合わせ、相性を考え、深澤と水掫のポジションを入れ替えながら戦った。

1回戦のインド戦はまず90kg以下枠の深澤がいきなり左大内刈を決めて「技あり」、そのまま横四方固に抑え込んで僅か36秒合技「一本」。続く90kg超枠も水掫が右払腰「技あり」、右大外刈「一本」と立て続けに決めて圧勝。スコア2-0であっという間に勝負を決めた。

しかし準々決勝は個人戦で3階級を制した強豪・カザフスタンに完敗。個人戦の81kg級から計「2階級落ち」で90kg超枠に投入された深澤が100kg級2位のトクタルベク・アイダルベクにがっちり抱き込まれ、引込返で回されて「一本」。続く蒲生は同階級王者のシャディヤル・クアンディクを相手に粘り強くチャンスを探したが、「指導2」ずつで迎えたGS延長戦1分16秒谷落で「技あり」失陥。これでスコア0-2となり、試合が終わってしまった。

敗者復活戦に回った日本は韓国と対戦。73kg枠は蒲生が個人戦準決勝で敗れたファン・ヘヨンと再戦。厳しい展望のなか、奥を叩いての左内股など思い切った攻めをテコに奮闘したが、残り14秒奥を叩いた瞬間に綺麗な左体落を食って1回転。「一本」で苦杯を喫した。

次戦を落とすと試合が終わってしまう日本は、続く90kg枠も展望厳しい一番。しかし敢えて90kg級超枠で投入された深澤が、個人戦90kg級で水掫を破って優勝している技巧派キム・ミンソクを相手に、粘戦。キムはこの日も決して組ませず、徹底的に組み手をやり直して片手状態をキープ。これで優位を取りに来るが、深澤は集中力を切らず、片襟の左背負投を打ち続けてチャンスを探す。そしてともに「取り組まない」反則を2つ貰って迎えたGS延長戦31秒、この伏線が生きた。組み際に片襟から今度は左小内刈で足元を叩くと、前技を予期していたかキムが横転。これが「有効」となり、スコアは1-1。日本はギリギリで生き残った。

そして迎えた大将戦(-90kg)は、満を持して登場した水掫が大仕事。ケンカ四つのアン・ジュンムを相手に左内股を晒すと、相手の抱え込みに合わせて支釣込足。完全に力の圏内に相手を収め、値千金の「技あり」獲得。このポイントを持ったまま4分間を戦い終えた。
絶体絶命から、2連勝で逆転。最終スコア2-1で勝利した日本は、これで3位決定戦進出。あと1つで銅メダル獲得というところまでこぎつけた。

迎えたウクライナとの3位決定戦は、しかし苦しい出だし。「まず先制の1点」(瀨川洋監督)を期して90kg以下枠に送り込まれたエース水掫が、右相四つのヘヴォルフ・ヘヴォリアンに大苦戦。二本持てば一発のある水掫だが、徹底的に絞り、片襟を差し、切るヘヴォリアンを前にまったく釣り手が持てない。袖を絞らせたままの技がない水掫はそれでも粘り強く奥を叩き続けて圧を掛けるが、ヘヴォリアンは意外にも消耗せず、集中を切らず、終盤には「指導」差2-1でリードを得るに至る。そしてこの我慢比べに勝ったのはヘヴォリアン。焦った水掫がクロスグリップの相手に横車の大技一撃。しかし体勢の良いヘヴォリアンは脚を股中に突っ込んだまま畳の上で踏ん張り、倒れる水掫の上に被って隅落「技あり」。日本の得点濃厚と思われたこの試合は、ウクライナが取る。

そして第2試合も苦しい展開。90kg超枠に突っ込まれた深澤が左相四つの長身ルカ・ネティアハの圧力を前に苦しい極めて苦しい進退。中盤には両手片襟の左背負投で良い場面を作るものの、直後引き手で袖、釣り手をクロスに背中に入れられる「0-10」の組み負け。耐える時間が長くなり、そして満を持して襲った左足車に一回転。「技あり」を失ってしまう。

スコアは0-1、そして「技あり」ビハインド。このまま終われば2点差で試合は強制終了、デフリンピックのメダルは夢と消える。絶望的な状況だが、しかしこの苦境と「2階級落ち」の不利にも関わらず深澤は諦めない。竹澤稔裕コーチの「行け!」のゼスチャーを受けると、必死で前進。残り29秒、片襟の左小内刈で崩して手ごたえを得ると、続く展開では同じく片襟の左小内刈で下げて、満を持しての片襟左背負投。場外際で腰に載せ、縦に一回転させて鮮やか「一本」。残り19秒で大逆転、これでスコアは1-1に戻り、日本は崖っぷちから奇跡的な生還。メダル獲得に望みをつないだ。

迎えた73kg枠は、蒲生和麻とフリホリー・ヴシェステンコによる個人戦銅メダリスト対決。蒲生は左小内刈に左一本背負投、ヴシェステンコは左の「一本小内」に変則肩車「モラエイ」と攻め合うが、流れは地力に勝るヴシェステンコの側。蒲生は瞬間的に奥襟を掴んで作った完璧な形から内股を一発入れるが、待ち構えたヴシェステンコは釣り手側に動きながら「めくり」で返しに出、体勢を大きく崩した蒲生危うく伏せてポイントを避ける。「持ちさえすれば投げられる」という希望もこれで潰えた印象。勝ち筋の見えない蒲生は1分56秒に首抜きで「指導」、3分23秒に肩車を仕掛けた際の「足取り」で、一方的に2つの反則を失ってしまう。GS延長戦に入っても左大外刈に払釣込足と得点の匂い漂う技を打つのはヴシェステンコの側。蒲生は、耐えることは出来るが、己が取る手段が見い出しがたいという我慢の展開。

加速するヴシェステンコ、我慢を続ける蒲生という構図が続く。その差はじわじわ広がっているように見えたが、しかし意外な決着が待っていた。決着を逸るヴシェステンコがこの試合2度目の「モラエイ」。しかし決めきろうと背を反らした瞬間、拘束から抜け出した蒲生がその上に被って隅落。勢いよく、もろとも転がったこの技に「技あり」が宣されてすべてがひっくり返った。蒲生が勝利を決め、スコア2-1で試合終了。もちろん勝者は日本、ついにメダルの獲得成った。

しばし天を仰いだ蒲生は、深澤と水掫の祝福を受けて我に返ると感激の面持ち。試合場を降りると仲間たちと抱き合って感激を分かち合っていた。

女子も健闘。52kg級の岸野文音と70kg級の岸野文音の銅メダリスト2人、そして57kg級代表の岡本記代子の3人全員が「階級落ち」で出場。全員、全試合、「はじめ」が掛かるなり相手より先に猛然と前に出、気迫ある戦いを続けた。

初戦(準々決勝)は強豪・韓国を相手に0-2で落としたが、意地を見せたのはアルジェリアとの敗者復活戦。先鋒(57kg以下)で出場した岸野は、ユスラ・ベンサラーを相手に左右の袖釣込腰を連発も効かせられず苦しい試合。2分40秒には片襟の右背負投を食って「技あり」を失うが、それでもさらにペースを速めてひたすら袖釣込腰を打ち続ける。すると残り20秒、弾幕の厚さに焦ったかリードしているはずのベンサラーがこれを返そうと試みるミス。岸野がそのまま後隅に突っ込むともろとも転がり、「技あり」。スコアはこれでタイに戻る。
これで試合はGS延長戦へ。崖っぷちから生還した岸野だが、苦境は変わらず。ほぼ「一本槍」と言っていい両袖袖釣込腰はもはや見切られ、ならばと試みた左小内巻込も足取りの「指導」となってもはや手はないかと思われたが、その攻めの分厚さに相手の集中力がじわじわ落ちる。そして迎えたGS延長戦1分4秒、左袖釣込腰から右袖釣込腰と繋いで突っ込むと耐え切れなくなったベンサラーが転がり、「有効」。
岸野が奇跡的な勝ち越しを果たし、これで日本が先制。アルジェリアは2名でエントリーしており、この時点でスコアは2-0となって自動的に試合が終わった。日本は3位決定戦進出。

迎えた3位決定戦は強国・トルコと接戦。先鋒(-70kg)岡本は63kg級銅メダルのエスマ・ゴクルを相手に前に出続けたが、巴投を潰され、崩上四方固で一本負け。しかしその気迫を受けて70kg超枠で出場した衣川が奮闘。最重量級銅メダルのエリフ・グルセンに下げられながらも場外際で左体落、左背負投、左払巻込と思い切った技を連発。圧力はグルセンも、スコアは掛け続ける衣川の側に着々積み重なり、この試合は3分40秒なんと「指導」差3-0で衣川の勝利となる。

1-1で迎えた大将戦(-57kg)は、岸野が1階級上の銀メダリスト、ブセ・ティラスに挑む。この試合は右相四つ。両袖の絞り合いから岸野は先んじての袖釣込腰をひたすら掛け続ける。32秒、ティラスが右釣腰から左内股に繋ぐ強烈な一発。岸野なんとか耐えるも足取りで「指導」1つを失う。
苦しい展開だが、しかし直後、岸野が上下のあおりを呉れて左袖釣込腰に飛び込むと、ティラスの体が前についてくる。岸野がもう一段の飛び込みを呉れると50秒これが「有効」。日本、銅メダル獲得に片手が掛かった。
岸野は格上を相手に先手の右袖釣込腰に左一本背負投と、ひたすら掛けることでリードをキープ。1分32秒には「指導」1つも得る。しかし2分5秒、組み立てを変えたティラスが組み際に片襟の右大外刈。岸野捕まってしまい、体格差をもろに受けて落下。これは「有効」。スコアはタイに戻る。

必死に掛け続ける岸野だが次第にパワー差が出始め、勝ち筋が見出しがたい展開。ティラスは2分38秒に右一本背負投一発、落差を受けて崩れた岸野は逆側に落ちてしまい、ついに均衡敗れる。この一撃は「技あり」。
岸野は悔しさに涙を見せながらも「始め」が掛かると立ち直ってまっすぐ前進、左袖釣込腰を連発。残り12秒には一瞬相手の体を引き込んで会場を沸かす。しかし再度の左袖釣込腰で大きく崩したところで終了ブザー。ティラスが優勢勝ちを収め、スコア2-1でトルコの銅メダル獲得が決まった。

熱戦を終えた両軍の選手は「礼」を済ませると、互いを称えて抱擁。会場は万雷の拍手に包まれた。
日本は男子が銅メダル、女子が5位入賞。明らかに力以上の力を出した1日だった。
成績、日本代表選手全試合の結果、決勝ラウンド全試合の結果は別掲。瀨川洋監督のコメントは下記。

瀨川洋監督のコメント
「まず、この世界規模の大会を招致下さり、開催にご尽力くださった全日本ろうあ連盟と全日本柔道連盟の皆さまに深く感謝いたします。本当にありがとうございました。さきほど『力以上の力を出した』とありがたい評と質問を頂きましたが、この『力』は昨日、今日出来たものではなく、これまでの積み重ねが生みだしたものです。前回のブラジル大会でメダルゼロというところからスタートし、みんなで積み重ねて来た力、思い、それが最後に出てくれた。(―男女それぞれ、3位決定戦は感動的な頑張りでした)そうですね。女子も、最後まで諦めず、力を出し切ってくれた。男子は先鋒で取って次に繋ぐ作戦が、逆に取られてしまってしんどいところではあったのですが、次の深澤が繋いでくれ、蒲生も怪我を抱えた状態であきらめず、力を出してくれた。応援に回った仲間も含め、チーム全体の勝利であると思っています。(―今回は東京開催ということもあり、注目を浴びました) 彼らは日常で色々な不便があったり、練習環境がなかったり、そういう中で柔道を頑張ってきました。彼らは柔道という舞台においては、健常者として一緒にやっている、それが彼らの生活であったということは、とても大事です。勝利は大事ですが、それ以上に彼らがインクルーシブな社会、共生社会に向けて社会に貢献できるような、そういう人材になってくれることを祈っています。そして最後に伝えたいのは『お前たちは、最高の仲間だ』ということ。ありがとう、これからもこの経験を生かして、社会に出て頑張って欲しい。これからそう話します」
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