【eJudo’s EYE】そんなにTVが大事か? 一線超えた「義理立て」で信頼失う全日本/グランドスラム東京2023

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文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

「戦略的措置」はTV中継に対する義理立てと読み解けてしまう

かねてより噂となり、多くの選手や関係者が憤っていたグランドスラム東京の選抜方式の変更が、10月20日に公表された。この日開設された大会サイトで、まるで後ろめたさを隠すかのように、騒ぎになって欲しくないとでもいうように、ひっそりと。

曰く「当連盟では、パリ2024オリンピック内定選手が本大会に出場する場合、当該階級の日本代表選手数を2名とすることといたしました。」「グランドスラム東京における日本選手出場枠は4名ですが、パリ2024オリンピックシード権獲得に向けた戦略的措置として、本年の大会では選手数を制限いたします。」

五輪のことだけを考えれば一見食べやすい文言になっているのだが、あっさり受け入れてはいけない。きちんと読み解かなければならない。極めて不当、そして不自然。

まず不当。これは、講道館杯の優勝者がグランドスラム東京に出場出来ない可能性があることを意味する。本来出られるはずだった2番手・3番手・4番手の世界へのゲートを閉ざすことを示唆する。そして長い間掛かって作り上げてきた「各カテゴリの全国大会→講道館杯→グランドスラム東京→欧州国際大会→(選抜体重別)→世界大会」という選抜システムを壊すことを示す。同時に、代表周辺層の発掘と強化という現在の全日本最大の課題を「後回し」にすることをも意味する。しかもこの発表は、講道館杯の予選がすべて終了したあとの10月20日になってからだ。百歩譲ってこの選抜方式を通すとしても、選手のキャリア設計に関わるこれだけのドラスティックな変更をアナウンスするなら最低でも年度の初め、千歩譲っても講道館杯の予選開始前であるべきだろう。試合が終わってから目指すゴールを取っ払われた。これで選手が憤らないわけがない。今年こそは講道館杯に勝ち、GS東京に勝ち、そして欧州進出と目標を立て、怪我を治し、コンディションを整え、年間計画に従って必死に予選を勝ち抜いた選手たちの困惑と怒り、想像に余りある。加えて、少なくとも8月には強化委員会で決まっていたはずのこの変更は公表されず伏せられ、一部の選手が「噂」として知るにとどめられた。この不確かな情報に振り回され、先行き見えぬ中で厳しい試合を勝ち抜かねばならなかった選手たち。「気の毒」という言葉では到底済ませられない。

そして不自然。五輪早期内定制度の最大のメリットは、本番までのスケジュールを選手が自身で組み立てられることにある。歯ごたえのある海外選手が来る可能性が決して高くない東アジアの端っこの、それも日本人が4人同時出場する大会が調整にそぐわないと思えば、単に出る大会を変えればいいだけの話である。10月末にはGSアブダビがあり、年明けから3月末までにはグランドスラムが5大会、グランプリが2大会組まれている。五輪とまったく環境が違う国内でわざわざシミュレーション試合をする必然性は薄い。「五輪内定選手に対する過保護」という声もあるようだが、当事者たちにしてみれば「別にそんなことをしてもらう必要はない」というのが本音ではないか。有難迷惑。もちろん選手個々で考え方は違うだろうが、普通に考えれば、どうしても出たい試合ではまったくないはずだ。

どう見ても「GS東京に五輪内定選手に出てもらうため」の措置。敢えて意地悪く言い換えれば「五輪内定選手がGS東京出場を断る理由を潰すため」の措置だ。おそらく内定選手には「出場してもらいたい」とかなりのプレッシャーが掛かっているはずだ。

五輪内定選手にも他選手にも、そして実は強化サイドにもいいことがほとんどない。物凄く大雑把にいって、出たい選手を出さず、さほど出たくない選手に「出ろ」と言っているのだから、ハレーションが起こらないわけがない。だのに、なぜこんな横紙破りをやるのか。

ほとんどの人が思うことであろうし、これを言わないと話が進まないので言ってしまうが、これはどう見ても、地上波TV中継への「義理立て」だ。複数の関係者の話をまとめると、今年のかなり早い段階、少なくとも世界選手権の後に、「上」が、強化に対して「TV中継の実現のために五輪代表を出場させて欲しい」と要望した模様だ。これを踏まえて考えるに、この戦略的措置は強化サイドがこれに沿って考え出した「食べやすい理由」ということになる。(ただし、イージーにポイントを獲得させるために五輪内定選手だけを出すというのは、この『理由づくり』としては秀逸。この点だけ見れば理にかなっている。苦しい立場には同情を禁じ得ないが、能力が高いと皮肉を込めてひとこと言っておく)

この過剰な義理立てが本当に中継局のためになる、あるいは柔道のプロモーションとして効果絶大ならば、1万歩譲って「そういう考えもある」と言うしかないのかもしれない。しかし、こういう幸せなWIN-WIN構図はとっくの昔に破綻している。そんな時代ではないのだ。

大して得るものがないのに、失うものが多すぎる。目先の損得を追いかけた挙句の結果なのに、その目先の損得すら取れていない。そのことについて書く。

グランドスラム東京と「地上波TV中継」を大事にする理由

2009年、GS東京初開催(前年まで嘉納杯国際柔道大会)時のオープニングセレモニー。

連盟はグランドスラム東京を大事にしてきた。ツアーの中心地であるヨーロッパの国際大会に選手を派遣するハードル(率直に言って費用)が高い東アジアで、一気に1階級4人に国際舞台を踏ませることが出来る貴重な機会であることはもちろんだし、国内に柔道の存在感をアピール出来る絶好の場であるということもある。また、国際大会開催のノウハウと人脈を確保し続けるという点にもかなりの重きを置いている。全柔連は将来の世界選手権の自国開催に向けて毎年資金を積み立てており「10年に1度くらいは日本で世界選手権をやりたい」(関係者)という意向を持っている。このためには継続的に国際大会を開催し続けることが重要なのだ。なんとしてもグランドスラム東京を開催し続けなければ、という思いは十分理解出来る。実際に、凄く楽しい、面白い大会だ。日本の他大会にはないテイストの素晴らしい「お祭り」であると思う。

しかし現実的な問題として、開催には莫大な費用が掛かる。今のIJFワールドツアーの開催コストは巨大で、例えばドイツなどはこれを理由に旧「ドイツ国際」から続くグランドスラム・デュッセルドルフを止め、ツアー開催自体から撤退している。開催費用を賄うためには民放・地上波のTV中継による放映権料収入と、中継に伴って得られるスポンサーの収入が必須なのだ。しかし、残念ながら他のほとんどのアマチュアスポーツと同様、柔道TV中継の視聴率は大苦戦を続けてきた。当然、中継局の腰は引ける。

それでも資金を注ぎ込み、リスクを呑んで放映してくれる中継局のために、特に昨年はかなりの工夫が凝らされた。土日2日間集中開催(※IJFツアーでこれが許されるのはフランスと日本だけ、来年GSパリは3日間なので日本だけになる)、そしてスター選手の階級を最終日にまとめるドラスティックな日程組み替え、「決勝残し」で目玉試合を放送時間に合わせるプログラム変更、加えて数々のコラボレーション企画・会場内イベント。一般の方は「たかが日程組み替え」と思われるかもしれないが、ツアーウォッチャーならば例えば五輪や世界選手権でも絶対にありえないこの措置にかなり驚かれたはずだ。全柔連はタフな交渉を乗り越えて、出来ることを、やった。

種々様々なコラボイベントも持たれた。

しかし、それでも視聴率はまったく振るわなかった。裏番組に人気スポーツがかち合ったこともあるし柔道競技自体の認知度の薄さもあるが、何より、もはや「そういう時代ではない」のだ。

当然ながら、今年のTV中継交渉は難航した。このままではGS東京の開催自体が危うい。
この先は筆者の想像だが、なんとかそれでも中継してもらうために「上」が考え出した策が、五輪代表内定者をいわば「差し出す」この手札だったのではないだろうか。

テレビ局の立場からすれば、視聴率を上げるために最大限の努力をするのは当然。五輪代表に出て欲しいと要望するのも一種正当なことである。そして放送がある以上、連盟が視聴率を上げる施策に協力することは、これも至極当然である。ただし、連盟が採ったそのやり方が疑問だ。今回は一線を越えていると思う。

失うものが多すぎる

「早期内定」のアドバンテージを失っている

やり方がよくない。失うものが多すぎる。

失うものの1つ目。まずは、五輪代表早期内定のアドバンテージ。早期内定制度最大のメリットは、選手が自身でスケジュールを決められることにある。コンディションに合わせて、技術的な仕上がりに合わせて、出場が予想される面子を睨んで、出場大会を選ぶことが出来る。鍛錬期と試合期を調整出来る。中3年の五輪で1年前に代表を決めるという「超・早期内定」という力業を繰り出してまでこだわった、「五輪に勝つにはこれしかない」と獲得したこのメリットを「出ろ」というプレッシャーで自ら失っている。勝つために採った作戦の力を、自ら弱めている。

少し逸れるが、もし純粋に「義理立て」や「興行」にこだわるならば、そもそも内定を12月までずらせばよかっただけの話である。わざわざ早期内定を出しながら、「出ろ」と言わんばかりのこの制度変更。この矛盾にも、これが、押し付けられた措置であることが強く匂う。

もっか最大の課題「周辺戦力の強化」の機会を失っている

2つ目。2023年時点の全日本最大の課題である「2・3番手以下の代表候補の育成」を捨てていること。

「ロンドンーリオ」期に確立した「1・2番手の優遇と集中強化」に振った制度は十全に機能した。ロンドン五輪までトップ選手が極めて過酷なスケジュールを強いられていた反動という側面ももちろんあったが、何より日本の現状によく合っていた。少し引いた目線で見れば、リオまでに「金メダルが取れる」レベルまで強くなった選手が、東京までに「必ず勝つための準備をした」という、日本大勝の原動力となった制度と言うことも出来る。しかし、この8年間で3番手以下のラインナップは明らかに細った。これに加えて、コロナ禍による実質2年の大会中断で派遣自体が激減。さらにIJFの日程変更が追い打ちを掛け「1年分の予算で世界選手権2大会分の準備派遣」を強いられた全日本は予算不足となり、3番手以下の強化(国際大会派遣)は壊滅的な状態に陥った。極端に言えば、「ちょっと前の1・2番手」が派遣を独占することとなり、次代を担う層はこれに挑戦するどころか国際大会の経験自体をほとんど積めなかった。もっかの五輪内定者と補欠選手、あるいは有力候補者の面子を見渡せばこの事情はビビッドに感じられると思う。新陳代謝が明らかに鈍い。

ロサンゼルス五輪に向けた世代・戦力の強化が進んでいない。「失われた3年」を取り戻さねばならない。いますぐ幅広い層の強化が必要だ。この危機にあって、「一度に4人に国際経験を積ませる」絶好の機会をなぜ捨ててしまうのか。五輪代表だけが大事で続く世代・戦力の強化は「後回し」だとなぜ敢えて宣言してしまうのか。

連盟はウェブ上で「上記措置の影響でグランドスラム東京2023に出場できない選手については、他の国際大会への派遣を検討しております」としている。非常にフェアな措置ではあるが、考えてみればこれもおかしな話。これまで資金難ゆえ3番手以降をツアーに送ることが出来なかったというのに、渡航費用なしで4人が参加出来る国際大会(GS東京)を捨ててわざわざ欧州に派遣し直す。なぜわざわざそんな複雑なことをせねばならないのか。その資金は誰が出してくれるのか。2月のGSテルアビブは戦争のため中止になる可能性が高く、おそらく春季の大会数は減る。その中で五輪代表が複数大会出場を希望した場合、いったいどのタイミングで、いつ3番手・4番手の派遣は為されるのか。大会のグレードは担保されるのか。それは5月の世界選手権の選抜として機能する時期に行われるのか。疑問だらけ、矛盾だらけだ。

信頼関係を損なっている

最後に、もっとも大事な「信頼関係」を壊していること。選手は敏感だ。おためごかしや、「本当でないこと」をいう「上」を基本的に信用しない。説明する側は例えば「これは義理立てだ」などとは口が裂けても言わないだろうから、「どうしても五輪に勝たねばならない、そのための措置だ」という論理構成になるだろう。これはとりもなおさず、先ほど書いた「五輪代表が一番大事で、次代の育成は後回し」というアピールの補強にしかなり得ない。これから代表を目指そうという選手たちが、「本当のことを言ってもらえない」あるいは「自分たちは大事にされていない」と感じるのは理の当然だ。こういうトラウマは、後から埋めることが難しい。

そして気の毒なことに、これを選手に説明して回るのは、むしろこの制度を強いられた側である(はずと見立てる)強化スタッフの仕事だ。彼らは職務に忠実だ。仮に腹の底では「おかしい」と思っていることであっても、堪えて、そんなことはおくびにも出さず、まっすぐ説明を続けるだろう。「選手を強くする」という本来の職務の範疇から外れる、あるいは逆行するような仕事を強いられた彼らが、連盟に不信感を抱くであろうことも想像に難くない。

来たる五輪を睨んで、日本人選手が他にいない状態で、強豪選手が集う可能性の比較的少ない東アジアの地元大会を戦わせ、代表内定者にポイントを稼がせる。純粋にこの一事を考えれば、この「戦略的措置」は筋が通っている。ただし、これだけのものを捨ててまで、年間唯一の地元国際大会を「シード権獲得の一助」に全振りするというのは明らかに不自然で、収支が合わない。

五輪代表内定者のメリット、喫緊の課題である「周辺層」の強化、長年積み上げてきた選手選考制度、そして選手とコーチの信頼関係。今回の措置は、まさにすべてを捨て、すべてを差し出したといっても過言ではないと思う。

ここまでやっても、効果は期待できない

ただし、ここまでのまさに「出血大サービス」をしたとしても、さほど効果は期待出来ない。

五輪代表内定者が出たからと言ってTVの視聴率が大きく上がることは、まずない。例えば、連日視聴率20%超え、最高視聴率24.7%を記録した2003年大阪世界選手権の再現などは到底ありえない。もし少しの上積みがあったとしても、それが社会にインパクトを与えるようなレベルに至るとは思えないし、これを以て「来年も中継する」と中継局が胸を叩くような次のスポンサー収入が確保されることも想像出来ない。

時代が違うのである。まず、マスは、そもそも見ない。見たい層は配信で見るし、別に見たくないという層はTVで中継されていても見ない。「TVでやっているから見る」「つけっぱなしにしていたら始まったのでそのまま見る」人間などは社会のごくごく僅か、年齢層も限られる。そもそもスポーツ中継自体が苦しい。プロ野球やJリーグといった強いコンテンツでも、いまや地上波ではなかなか見ない。まして五輪やアジア大会などの総合競技大会でもない柔道競技単独の、それも世界大会ではない国際大会のマスに対する訴求力には限界がある。そしてTVメディアの影響力も大きく変わった。「地上波中継」それ自体が持つ社会へのインパクトは、かつてのそれからは目減りしている。

五輪代表内定者が出場しても、決して物凄く数字が変わるわけではない。おそらく柔道側もそれは承知のはず。ただ、自らのバリューを否定するようなこのことを言い出すわけにはいかないし、お金を出してもらう(中継をしてもらう)には、自分たちが出来る最大限のことをやります、と言わざるを得なかったのではないか。まさにこれぞ「義理立て」と表現するほかはない。

ただし。どんな手を持ち出すかの権利はあくまで連盟の側にある。多大な費用を負担し、それに見合った成果を挙げねばならない中継局としては、当然「五輪内定者に出て欲しい」と要望せざるを得ない。正当な要求であり、一種当然のことだ。ただし、たとえば「制度を破壊してでも出せ」(今回の措置)などと強制出来るわけがない。どう受け止めるかは連盟の責任であり、この「義理立て」の責は、あくまで連盟の側にある。ここを見誤ってはならない。

「やり方」の方向を考え直すべき

少し引いた目線から、事態を見直してみたい。

柔道に限らず、ごく一部を除いたアマチュアスポーツのTV中継は軒並み大苦戦だ。この背景には、アマチュアスポーツとTVメディアを巡る時代と状況の変化がある。

主に広告代理店が主導して作り上げた、「地上波民放」を巻き込んだスポーツビジネスモデルは非常によく出来ていた。全国放送することによって広告価値が生まれ、中継局が全力でプロモーションすることによって数字も取れてスポンサーもつく。放映と紐づくことで競技自体の価値も上がり、競技団体にもスポンサーがつくようになった。前述の2003年大阪世界選手権などは選手の役者も揃ったところにこの構図がぴたりと嵌った、まさに「黄金時代」だったのだと思う。

以後も基本的にはこの構造が続いた。ただしこれは、競技(あるいは競技団体)の真正の実力以上に見た目の価値が上がっている時代でもあったと振り返られるべきだ。東京オリンピックに向けたバブルも終わった。TVメディアのパワーは相変わらず巨大ではあるがかつてに比べると目減りし、いわゆる「煽り」のようなマスに向けたプロモーションも通用しにくくなり、スポンサーの目線も厳しくなった。現在は、この「実力以上に価値を上げて貰っていた」時代のツケがアマチュアスポーツ全体に押し寄せている時期と言える。TVから一方的に恩恵を受けられる時代は終わった。真に力のあるジャンルでなければ、TVメディアとWIN-WINの関係を築くのは難しくなってしまった。

長く続いた、強いスキームが壊れようとしている。競技自体の価値までをも高めてくれていた出来の良い構図がいま消えていこうとしている。おそらくこの流れはもはや変えられない。しかし、これに抗う気持ち自体は理解出来る。出来ることをやって、労を取ってくれるTVメディアに少しでも報いたい。この考え方も当然理解出来る。ただ、そのやり方があまりに粗く、ハレーションを起こし過ぎた。今回の事態はこう総括出来るのではないだろうか。

競技を巡るメディアの状況が変われば、当然それに対応しなければいけないのだが、これまでうまく行っていた方法にしがみつくあまりに方法を見誤ってしまった。全柔連は頑張っている。底辺拡大の策も取っているし、目先のプロモーションに惑わされることなく(もちろん大事なのだが)、「長期育成指針」を打ち出して本質的な目線で柔道人口減に向き合おうとしている。ただ、いまは何もかも過渡期。この件に関してはあまりに変化が急激過ぎて、議論も、新たな構造の構築もまだ出来ていないまま、「まず出来ることを」と一線を越えてしまったように感じる。自分たちが大事にしていたものすべてを捨ててでも、五輪代表にこだわって放映を「引っ張ってこよう」とした今回の姿勢は、残念ながら「茹でガエル」と言われてしまっても仕方がないと思う。

それでもこれだけの犠牲を払う意味がある、と敢えて言うのであれば。では、あなた方が絶対にどうしても必要だという地上波TV中継は来年以降も続くという確約が取れているのでしょうね、と一言釘は刺しておきたい。五輪直前の地元国際大会という勝負の年の大事な場を、こういうやり方で消費する、それに見合ったものは得られたのでしょうね、とリマークしておく。

かかる提案を通した強化委員会も残念だ。少なくとも喧々諤々話し合い、ここに書いたような議論を経た上で、それでも納得、と採った策なのでしょうね、と、これも、一言ここで言っておきたい。決まってから数か月表に出さず、情報に格差を作った(強化委員を出している組織の選手のみが知っている)ことは紛うことなき大失策。恥ずるべきだ。こういうことをやっていると勝てる勝負も負ける。悪い卦だ。

等身大で未来の損得を考えたい

グランドスラム東京に関しては、もし「TV中継がなければ開催出来ない」そして「TV中継が付かない」のであれば、致し方ない。「お金がないから出来ない」とIJFに突き付けて、1度辞める選択もありなのではないだろうか。前述の通り、ドイツはその判断でワールドツアーの開催自体から降りている。経費が掛かりすぎる今のワールドツアーの開催国は、資金が潤沢でかつどちらかというと独裁主義的な「お金の都合がつきやすい」体制の国家に偏っている。そういう国でないと開催しにくくなっている事情(コスト)があるのだ。1度降り、その上で柔道界全体の問題として捉えなおし、その必要性なり資金集めなりを考え直す(個人的には「ワールドマスターズ」の日本毎年開催が起点であってほしい)時期に来ているのではないだろうか。苦しいものは苦しいと、業界全員が事態の深刻さをシェアするところから始めるべきなのではないだろうか。この状況にあっても開催を維持している関係者の労力は多大なものがあり、ここには率直に畏敬の念を抱かざるを得ない。しかし、もっかは、「無理して開催する」ことの限界点が近いように思われる。

日本全体が貧しくなり、「貧すれば鈍す」事態が色々なところで起こっている。物事を、正悪ではなく損得でしか考えられない時代がやってきている。目先の損得を懸命に考えているのに、全体としてはどんどん貧しくなっていく。この時代にあって柔道を生かし続けるために、私たちは「損得」を長い目で考えなければならない。そして、その判断基準は「正しさ」にこそあると思う。曖昧な言い方で恐縮だが、今回の判断には、少なくとも筆者は「正しさ」を感じない。

コップの中の嵐かもしれない。蓋を開けてみれば五輪内定選手が大活躍、代表を争う階級も大盛り上がりで物凄い視聴率をマークするハッピーエンドが待っているのかもしれない。あるいは、五輪内定選手が軒並み出場を見送り、いつもの通りに3番手・4番手までが国際大会の畳を踏み、この騒ぎはなかったことになるのかもしれない。ここで書いたことすべてが空振りになり、eJudoは余計なことばかり書いたとハレーションのみが残ることになるのかもしれない。

それでも、これをなかったことには出来ない。2023年の秋にこんなことがあった、選手はその理不尽さに憤っていた、と一言書き残しておくべきだと思う。皆怒っているのに表に出さない。皆が「こうだ」と思っているのに本音を言わない。おかしいと思うことに声を上げられていない。この気持ち悪さには耐えられない。

ゆえに、筆を取った。拙文に最後までお付き合いくださり、感謝を申し上げる。

最後に。この件に「悪役」はいない。誰もが一生懸命なのに、全体としてはうまくいかない。柔道は本当に厳しい状況にあると思う。

(了)

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