文:古田英毅・eJudo編集部
Text by Hideki Furuta

「きょうも、ご飯はないのか・・・」
朝練が終わっても、ごはんの支度はない。「自分たちでやって!」と言われるが、冷蔵庫を開けても食材はない。夕食が準備されるのは週2回程度、カップ麺でお腹をなだめる日々が続く。きちんとした食事は学校の給食だけという日がほとんど。加えて劣悪な住環境、そして暴力、さらに半年以上「一言も口を聞いてもらえない」という精神的虐待。携帯電話は取り上げられ、助けを求めることが難しい。対象は、中学生女子。ほんの数か月前まで小学生だった女の子たちである。何人かの児童がたまらず助けを求め、救い出された。
柔道専門メディアeJudoでは昨夏から高校生運動部員の「食」の問題、わけても寮における食事の問題を取り上げている。実態を知るためにアンケートを実施したのだが、寄せられた情報の中に、ひときわ気になる訴えがあった。現役中学生の親からである。
一部省略して、原文を記す。曰く「中学から親元を離れ、下宿させていましたが、それは酷いものでした。インスタント麺、カップ麺が主食で朝は交代で下宿生が作っていました。たまらず通報しました」「寮、下宿、合宿所など子供たちを預かるところは定期的に監査が入ってほしい。高額な寮代を払っているのに食事がなく、訴えたら子供たちに皺寄せが来てしまっていた。行政やそういった監視するところがないと、このままでは死人が出ると思う」。
このアンケートでは様々酷いケースの報告を読ませて頂いたが、この件は飛び抜けていた。あくまで実態調査ということで始めた企画ではあるがさすがに看過するわけにいかず、関係者複数に、それぞれ別個に聞き取りを行わせて頂いた。

舞台となったのは北日本の、林業・農業が主要産業という小さな町にある道場施設。代表を務めるのは、選手として国際大会優勝の実績がある女性指導者A氏だ。氏が指導し、指導者で実母であるB氏が寮母の役割を担う形で、自宅を兼ねた道場施設に子どもを受け入れて下宿させ、柔道を教える私塾である。2020年代になって自治体の補助やクラウドファンディングで資金を調達、つまりは行政の支援を受けて立ち上げられた。有名選手の意欲に地元の行政が手を貸した形だ。
その「世界で活躍する選手を育てたい」という理念に惹かれ、中学生のこどもたちが親元を離れて入門、共同生活を送ることとなった。ほどなく全国大会にも幾人かの選手が出場。2024年の時点では5人の子どもたちが寄宿して、夢を追いかけていた。しかし、その生活は過酷なものだった。
食事がない、そして冷蔵庫は「空っぽ」
今回の調査の端緒となった「食」の問題から。
・食事はもともと、寮母役のB氏が作って提供すると説明されていた。しかし、多忙のためか準備がなく「自分たちでなんとかして!」と言われることがほとんど。夕食を作ってもらえるのは「週に2回くらい」。
・冷蔵庫を開けても、食材が入っているかどうかはタイミングによって違う。ないときは本当に「何もない」。そして「ない」時が多い。自力で作るにも材料がない。困った子どもから、保護者に空っぽの冷蔵庫の写真が送られて来たこともあった。
・結果、夜はカップ麺でしのぐことがほとんど。子どもたちで連れだって、自費でコンビニで弁当を買って食べることもあった。
ちなみに、寮費は2024年が月額5万5000円、2025年は6万5000円。この中に学校の給食費や、「自費」で買うコンビニご飯、選手登録費、合宿の費用などは含まれていない。地方の「賄いつきの下宿」、それも多人数同居の食費であれば決して不足するものではないと考えるが、いかがだろうか。少なくとも本来お客さんであるはずの子どもに「食事を作らせる」「しかも食材を準備出来ない」というような金額ではないはずだ。
・朝食がまともに取れなかった。食事当番の子どもはトレーニングを早めに切り上げて、朝ごはんの準備をしなければならない。しかし、冷蔵庫を開けると、やはり食材がないことがほとんど。
・心配した保護者が、賞味期限の長いパンなどを送ると、A氏から「寮の食事を摂れなくなるから、パンは禁止」と差し止められた。
結果、ほとんど朝食を取っていない状態で学校に行くことが日常だったという。この連載第2回に登場願った管理栄養士・松本恵教授(日本大)によると、成長期の子どもは身長を伸ばすために睡眠時間中にこそ、エネルギーを使う。ゆえに起床時はエネルギーが枯渇した状態で、もっとも大事な食事は「朝ごはん」。それを飛ばして学校に行き、授業を受ける。アスリート云々ではなく、子どもとしての健全な生活がそもそも成り立っていない。そしてこの道場の練習は、朝練、中学校の部活動、そして道場に戻ってからの夜練という三部練。食事をまともに取らずにこなせるものではない。いたましいというほかない。
・関係者がA氏に「生徒が食事を取れていないのではないか」と問い合わせると、そののち、子どもたちがA氏に「回りに余計なことを言うな」と叱られた。
典型的な隠蔽である。
保護者は中学校と協力し「朝ごはんを食べていない」事実を可視化した。担任の教員が「きょうは朝何を食べましたか?」と聞くことを繰り返して、この施設の下宿生がほとんど朝食を取れていないことを記録から明らかにし、学校に報告を上げた。ちなみに寮母役のB氏は、この自治体の教育委員に名を連ねている。
ここまでは食事の問題。以降は、「食」に端的に現れた、「寮」という空間の問題にステージが上がる。
狭い部屋、カビだらけの制服、そして「大人が誰もいない夜」
関係者の1人が、入寮時以降は保護者が入ることが許されなかった2階の子供たちの部屋に分け入った。あまりの環境の酷さに、思わず声を失ったという。
・8畳から10畳ほどのスペースに5人が同居。布団は敷きっぱなし。洗濯物を干しているせいもあってか湿気が籠り、掛けてある制服はカビだらけ、布団もマットレスもカビが出始めている。
・フローリングを歩くと溜まった埃と湿気のため、歩くたびに足跡が残る。パーソナルスペースはない。
保護者は事前に「部屋割りは道場側に任せてください」と言われてはおり、多人数同居自体は承知していたという。子どもでもあり、本人たちの管理のやり方にも問題がなかったわけではないはずともいう。ただしかし、親の干渉を遮断した状態で、つまりは管理一切を引き受けた状態で、子どもにここまで酷い生活をさせているとは、さすがに想像することは難しかった。「中学生(子ども)を預かる」とのであれば管理者はいわば“親がわり”。この前提はあったのだろうか。
生活環境の問題はこれに留まらない。
・自宅兼道場には、生徒と指導者両名のほか、介護の必要なB氏の母親が同居している。
・浴槽は「介護に要るから絶対に使わないで」と言われ、1度も使用したことがない。
・シャワーのみが使用可能。
管理体制にも問題があった。
・指導者両名は外でアルバイトもしており、夜勤のために週何回かは不在になる。
・月に何回かは2人が揃って不在の夜があり、その時は「夜中に何かあったら(介護を)お願い」と子どもたちが言いつけられていた。
実際に夜中に「何か」があることはなかったというが、管理者不在で子どもを一晩過ごさせること自体が、そもそも寮・下宿としてありえない。指導者と生徒という関係はさておき、そもそも下宿代を取って住まわせるのであれば、この部分では生徒は「お客さん」という立場のはず。この認識は果たして、あったのか。施設管理者としては「お客さん」であり、指導者としては守るべき存在であるはずの子どもを、夜中に放っておくのみならず、労働力として要介護者の世話を依頼する。非常に控え目にいって、健全な運営とは言い難い。
「ひと言も話してもらえない」「携帯電話取り上げ」
A氏に無視され「ひとことも話してもらえない」という児童もいた。その期間、退寮に至るまでの実に半年以上。また、1人の「体重目標未達成」などの理由で、連帯責任として全員のスマホを没収することが常態化しており、学校の公衆電話から親に助けを求める連絡があったこともあるという。大会会場では、他のチームの選手との会話が禁じられた。
決定的な暴力、寮母は黙って見ているだけだった
そして直接的な暴力が大きなきっかけになった。この際、上半身にはっきり残ったあざが客観的な証拠となった。学校にも生徒から相談があり、結果として生徒はこの暴力をきっかけに退寮。学校も辞めることになった。A氏は退所時「イラっとしてやってしまった」と説明したという。この暴力については寮母役のB氏も同じ場にいたが、「黙って見ているだけだった」との証言がある。
その後、数名の生徒が退所するに至った。被害者はパワハラとして連盟に通報。調査の結果、A氏には地区(都道府県)柔道連盟より1年間の指導者資格停止処分が下っている。
「いまの子どもたちがいかに甘えているかの証拠」
これまでの証言と調査をもとに、寮母役のB氏に取材を試みた。「記事にするのであれば話はしたくない」とのことだったが、それでもいくつかの問いに返答があった。
・連盟は処分について当事者に「絶対に口外しないこと」と言い渡しているはず。なぜそれが知られるのか納得が出来ない。
・「ご飯が出てこない」というのは、今の子どもたちがいかに甘えているかの証拠
・寮生というが、自分たちは「親と子」のつもりで受け入れている。
・肉も米も用意していた。
・「親」が忙しかったら、「子ども」であれば自分たちで米を炊き、肉を焼いて食べるくらいはすべき。
・指導者2名は柔道指導だけで生活しているわけではなく、外に働きに出ている
・夜勤があり、もちろん2人揃って不在の夜はある。それが悪いこととは思わない。
・このようなこと(取材)があるので、今いる生徒が卒業したらもう下宿生を受け入れるのはやめる。
「地方」という構造への危惧、「寮」という装置の危うさ
ここまで書いて来たことから、どんな問題点が浮かび上がるか。
まずは、小さく2つ。
1つは、行政の問題。この道場は行政の補助を受けて立ち上げられた施設だ。行政が支援するのであれば、それが持続可能な体制にある事業なのか、公益に資する事業なのかはきちんと検証されるべき。この施設はスタートの時点で明らかに、多数の子どもを預かって生活させることが出来るような運営体制にはなかった。寮母の役割を担うものが、介護をしながら、自らは外で働きながら、そして指導もしながら、5人の生徒の食事を作り続けることは客観的に見て無理がある。そもそも要介護者が住む自宅に子どもを多数住まわせるということからして、事業の発想としてありえない。「親と子」の認識を持ち込んで労働力として計算するなどは当然論外だ。最低でも専任の寮母(食事担当者・生活管理者)を配置すべきだった。どのような事業計画に対して行政は支援するに足ると判断し、支出を決めたのか。その計画と実情に齟齬はなかったのか。検証の必要がある。
もう1つは極めて閉鎖的な「地方」という構造について。eJudo編集部には他地区からも、虐待案件やパワハラ指導者の情報が寄せられることがある。そして多くの通報者が、こちらが理解しがたいほどに、凄まじく怯えている。曰く「県柔連の重鎮が加害者の教え子」「警察にも教え子がいる」「県議がバックについている」「地元紙に言っても握りつぶされる」そして「通報がバレたら自分はどんな目に合うかわからない」。そして「だから匿名で通報したいが、それでは連盟に調査をしてもらえない」。
被害妄想として切り捨てるのは酷だろう。狭いコミュニティでは、限られた少数の人間が権力にアクセスし得る立場にあることが多い。都市部に比べると、大げさに言えば「人治と法治の境界線が曖昧」とまで言ってもいいかもしれない。今回も、加害者の立場にあるものが、本来被害者の訴えを汲むべき自治体の教育委員に名を連ねているという、狭いコミュニティならではの構図が生まれてしまっている。
行政の支援を受けて立ち上げられた施設を、教育委員という地元の名士が運営しているのであれば、実情はどうあれ周囲のイメージは極めて「公」に近いはず。周囲の人々にとっては、何かあったときに声を上げにくい素地がある。そして力がある立場にあればあるほど、本来はその裏付けとして「透明性」という責任が生じる。被害が認定され、正式に処分を受けたのであれば、何があったのか、事の経緯と再発防止について施設側から声明なり発表なりがあるべきではないか。「しゃべるなと言われたから」と処分期間が終わるまで首をすくめて嵐が過ぎ去るのを待ち、終われば誰が処分を受けたのかも、何があったのかも周囲にわからせぬまま、平然と復帰して再び指導に携わる。これが反省と言えるのだろうか。たとえ重大案件であっても加害者を発表しない連盟の姿勢にも問題はあるが、「地方」的な構図に甘えたなし崩しの復帰は本来あってはならないものだと思う。
「寮」のありかたを定める「法」と公的機関の介入が必要

そして今回の本丸はこれだ。この稿の目的は一施設の糾弾ではない。本来「食」がテーマであるべきこの連載にあって、「寮」で何が起こったかをここまでつらつら書き連ねてきたことには理由がある。寮という閉鎖空間は本来的に危険な要素を孕み、性善説では御し切れないものがある。この問題を考えるにあたり、極端な失敗ケースであるこの事例から導き出すべき一般解があるはずと考えたからだ。
「生活」と「競技」は切り分けるべき
まず、非常に近いところで。少なくとも、「指導者の自宅に生徒を下宿させ、指導者(あるいはその家族)が食事や生活を差配する」体制は原則禁止すべきだ。
世の中には、指導者を兼ねる寮母さんが素晴らしい食事を提供しているケースもある。この連載でも、むしろ以後はそちらの側を積極的に紹介したいと考えて準備もしている。大事にしたい。だがそれでもなお、言わねばならない。この体制で成功できるのは限られた少数だ。成否が属人的に過ぎる。踏み込むこと自体のハードルは高くないが、ゆえに危ない。出来る人間とそうでないものの差が激しい。制度設計として、いつダークサイドに落ちてもおかしくない極めて危険な構造だ。逃げ場のない閉鎖空間で、逆らうことが難しい立場の一個人(競技指導者)の能力・資質に子どもの生活基盤が左右される。これがいかに危ういものかは、今回のケースに端的である。原則禁止したほうがいい。
「食」はプロに任せるべき
「食」は人間生活のまさに生殺与奪を握るファクターであり、なおかつ栄養計算、仕入れ、調理、配膳と、実は多人数への提供に高いスキルが要るものだ。指導者は競技指導のプロフェッショナルかもしれないが、食事においては素人だ。人間生活の極めて重要なファクターを素人が握るわけなので、一定の確率で必ずトラブルが起こる。筆者が知る限りでも、たとえばある強豪校の柔道部は監督宅を寮としており、学校側は生活に介入せず、制度としては“下宿”としてこれを扱って来たケースがあるのだが、この「寮」はこれまでに3度解散の憂き目を見ている。いずれも、食事がトラブルの発端だったと聞く。
指導者が、己がスキル高いゆえに競技指導を生業としている存在と自覚するのであれば、「食」もプロフェッショナルに任せるのが筋だ。
「指導者」に生活基盤の成立が左右されてはならない
指導と生活を切り分ける必然性は、指導者Bの「反論」からも明らかだ。
今回のケース、保護者は「寮」あるいは「下宿」に対価を払って子どもを預けたという認識だが(当然だ) 、指導者側の主張は「家族として受け入れた」「家族なら家事をやって当然、食事も作って当然」であり、結論は「それが出来ないのは子どもが甘えているから」。
あまりにも前時代的な、そして独善的に過ぎる歪んだ価値観だが、ここではその是非は問わない。さらに、今回は価値観云々ではなくシンプルに運営能力が欠けていただけの失敗ケースであり、この主張は単なる自己正当化ではないかとすら思うのだが、ここもいったん考えない。善悪正邪ではなく「違う」ということ自体にフォーカスしたい。双方の認識のギャップを埋めるには、ドライに、競技指導と生活を切り離すしかない。ビジネスを媒介にすべきだろう。
今回のように、指導者の極端な価値観や競技指導上の上下関係が持ち込まれ、生活基盤が破壊される可能性は排除すべき。少なくとも、生徒が競技(指導)上の関係性に阿るあまり、生活や食の改善に声を上げられない可能性のある体制は許すべきではない。
いわゆる「寮」の形を採るのであれば、学校が運営するべきだろう。学校寮として(特定の部のものとしてではなく)運営・管理し、その中で生活する生徒がそれぞれ部活動を選んで活動するという形が健全だ。アメリカなどではこれが当たり前と聞くし、長野県の名門・佐久長聖高校などは既にこのスタイルで生徒を受け入れていると聞く。
もし、学校側が寮を準備出来ないのであれば、ビジネスとして運営される「下宿」を利用すべきだ。競技指導者と、生活サービス提供者は明確に分けるべき。繰り返すが、指導者、あるいはその家族の自宅で子どもを預かり、生活と食事を差配することは禁止したほうがいい。管理者も、指導者・その血縁者を採用すべきではない。
「栄養基準」を定め、公的機関が定期的な監査を実施すべき
昨今各所で「寮」を舞台とした問題が頻発しているが、のっけのアンケートで保護者が主張している通り、寮の運営や「食」については公的機関の基準づくりと定期的な監査があるべきではないだろうか。
当方が訴えたいのはまず「食」。今回のケースでは「食事がない」という最下層まで話が堕ちたが、この上には「十分なエネルギーを得られたか(量)」「必要な栄養を摂取出来たか(質)」「おいしいものを食べられたか」というレイヤーがある。
この中で何をどう満たすべきかを明確にすべき。公的機関が、わかりやすい形で、年代に応じたアスリートの摂取エネルギーと栄養の最低基準値を定め、その遵守を義務付けるべきだと思う。
連載第2回でもお伝えした通り、この国には既に厚生労働省が定める「日本人の食事摂取基準」があり、0歳から75歳まで、年齢別・性別・生活活動強度別に、1日に摂取すべきエネルギー、各栄養素の推奨量を数値で示している。これをベースに、出来ればスポーツに関わる公的機関が、アスリート向けにより踏み込んだ、あるいは監査しやすい基準値を定め、努力目標ではなく「必ず守らなければならない義務」として提示すべきだ。
前述のアンケートには「寮には栄養士がおり、しっかりした食事を提供していると事前に聞いたのに、入ってみると実態はまったく違った」という体験談が複数寄せられた。これも基準がないことが一因にある。「そちらの寮では『アスリートの必須栄養基準(仮)』に則った食事の提供が順守されていますか?」と聞くことが出来れば、それで済むことだ。
そして、子どもを預かる施設については、公的機関による定期的な監査があって然るべき。
食で言えば、まず基準を満たした食事が提供されているかどうか。あるいは「過度な『飯トレ』(安価な炭水化物を強制的に摂取させることで無理やり体を大きくしようという行為)が行われていないかどうか。
生活で言えば、当たり前だが虐待や反社会的な行為が行われていないかどうか。そしてパーソナルスペースの確保、睡眠、入浴といった生活の基本が確保されているかどうか。これはさすがに話が広がり過ぎるので、「食」の提案に留めてこの稿では置く。
・指導者の自宅に生徒を住み込ませ、指導者(あるいはその家族)が食事や生活を差配する体制は原則禁止するべき
・公的機関が年代別・競技別の「アスリートが摂取すべき栄養基準」を定めて、「部活動生徒が一定数以上寄宿する施設」ではこの順守を義務付けるべき
・子どもを預かる施設については、公的機関による定期的な監査を行うべき
今回の結論として、以上の3点を提案したい。今回も、長い原稿になってしまったが、最後まで読んでくださったことに感謝する。
(了)
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