【eJudo’s EYE】カネがないから弱くなる日本、「ない」実情明らかにして問題意識の共有を。

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文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

強化にはお金がない、お金がないからやりたいことが出来ない

グランドスラム・テルアビブの日本代表選手が発表された。男子の派遣選手が、90kg級の増山香補ただ1人であることに驚かれたファンは多いと思う。2月の欧州シリーズはワールドツアーの花形、今年のテルアビブ大会は旧グランドスラム・デュッセルドルフ(旧くは「ドイツ国際」)に相当する大舞台である。これまで日本代表はこの欧州シリーズ2大会に全14階級、場合によってはそれ以上の数の代表選手を当たり前のように送り込んでいた。そこに「たった1人の派遣」なのだから、違和感を持たれるのは当然である。

強化サイドの「国際大会に派遣したい選手」のウェイティングリストには常に長蛇の列が出来ている。たとえ世界選手権の代表選考が終わっていたとしても、強化がこの絶好の機会を使いたくないわけがない。「1人しか派遣しない」のは強化の本意でもなんでもないのである。なぜこうしなければいけないのか。

もう、お金がないのである。

やりたい強化は、出来ないのだ。

「いま送れていない」眼前の事象だけで言えば「年度またぎで予算を使えない」というエクスキューズが一応ある。東京五輪が終わってJOC補助金の繰り越しが出来なくなったことと、IJFの日程変更によって10月・5月と短い間隔で世界選手権が続くことになったことで、1年の予算で2回分の準備をせねばならない。連盟が「予算が足りてない」ことをあまり大きな声で言いたくないのであれば、まずこれを全面に押し出して、「海外の花形大会に選手を送れない」ことの理由として話を終わらせるであろう。

だが、事態の深刻さはとっくにこの説明を超えている。この先色々な場面、色々な事象で「お金がない」ことが明らかになっていくはずだから、この説明の「命」もあと僅かだ。そもそも大きく言って、強化サイドは、「地元のオリンピックで14階級中9階級の金メダルを獲る」という空前絶後、それこそ100年に1度の成功を持ってその使命を全うし、社会におけるわが競技のプレゼンスを大いに上げたばかりである。すべての背景を抜きにしたこの単純な構図だけで見れば、本来は予算の増額と裁量のアップで報いられるべきだ。ところが、使える予算は増えるどころか、むしろ減らされている。派遣の陣形をきちんと見ているものであればとっくに気付いているであろうし、選手に近いものであれば、例えば「グランドスラム東京日本代表選手の、試合前日の近隣ホテル宿泊がなくなった」などの数限りない細かい傍証で「ケチケチ作戦」を肌身に感じているであろう。使えるお金は、どんどん減っているのだ。

円安もきつい。「年度またぎ」が収まって旧に復したとして、筆者が見積もるところ、世界大会以外ではおそらくグランドスラム・パリのような定番の年間2大会程度に全階級1名を派遣、ほかのワールドツアー大会にこの態勢は望むべくもなく、スポット的に1回数名の派遣がギリギリ。つまりは枠いっぱいに頑張ったとして、2番手までしか国際大会には送れないというのが現実的なラインではないか。3番手の派遣などもう手が回らないはずだ。ジュニア強化の国際大会(全日本ジュニア強化選手の2番手・3番手を送り込む「ジュニア国際大会」)も手を離していかざるを得ないだろう。

つまりは、次の世代を見据えた強化、いま強いものと次代の強者を争わせる充実した代表争いなど演出しようもない。刹那的に今の代表は選べても、次代の強化は到底出来ない。2013年の制度改革以来日本代表選考の要であった「フェアネス」(≒機会の均等)すら守れなくなっていくのではないだろうか。

既にこれは昨年顕現している。世界選手権代表の第1次選考会(講道館杯)と2次選考会(グランドスラム東京)で国内選手最高成績を残した60kg級の近藤隼斗と81kg級の小原拳哉、次点の73kg級大吉賢らは、国際大会派遣が足りず、最終選考会扱いとなったワールドマスターズに出場すら出来なかった。近藤、大吉は講道館杯扱いの「強化選手選考会」の優勝者でもあり、彼らはこの成績を以て事前にあと1回のGS派遣さえあれば十分代表争いを演じることが出来た。そして実質階級2番手の成績を残している彼らのうち、以後国際大会派遣を受けたのはいまのところ小原のみだ。昨年グランプリ・アルマダで、激戦81kg級にあってジュニア選手ながら出色のパフォーマンスを見せた老野祐平は明らかに「国際向き」、強化は有望選手発掘に成功したと言えるが、彼は以後強化選手選考会に全日本学生体重別選手権と国内2タイトルを制しながら、その後1度も国際舞台に送り込まれていない。他にも似た事態は枚挙に暇がない。そうこうしていくうちに彼らは、苛烈な代表争いという絶好の修行の場を逃したまま、年齢を重ねて、キャリアのピークを過ぎていくことになる。

そもそも、世界の柔道競技の重心が「ワールドツアー」に移り、いまやツアーと呼吸を続けることが強国強化の絶対条件となる時勢にあって、日本がこれまでの位置を保つためには派遣を増やす(予算を増やす)ことが絶対条件のはずなのだが、現実としてはむしろ派遣が出来なくなっている。五輪代表の選考基準はあくまで国際大会の成績として制度が設計されているのに、肝心の国際大会に送れる人数はどんどん減っていく。次の五輪世代が代表争いに加わることすら出来ていない今の状況は、長い柔道競技史に照らしても異常だ。もはや日本が弱くなるのは必然、前述したとおり、「フェアネス」という生命線すらもはや守れなくなっている。

海外進出の選別の機会が年1回(グランドスラム東京)というのは、実はもはやワールドツアー中心の競技世界の実情に噛み合っていない。しかしもっかこの制度を改めることは難しいだろう。選んだとしてもそもそも派遣する資金がないのだから、旧態依然とわかっていてもこのシステムを続けるほかはないのである。

「お金がない」ことをきちんと宣言せよ

大看板「東京五輪」のバブルは終わった。

空前の成果を残した翌年に空前の金欠。この事態に対して、「強化は頑張っているのに、連盟はいったい何をやっているんだ」とファンの怒りの矛先が執行部に向かうのはある程度仕方がない。勝ったのに待遇が悪くなった、という事実は事実なのだから、まずここは相応に責任を感じてもらわねば困る。

ただし社会状況を考えれば致し方ない。この事態にあっては、我々としては「東京オリンピック」という看板の強さ、集金力の強さにあらためて思いを巡らせるというのが正しい反応だと思う。2013年の東京五輪開催決定以来、「フカして来た」競技は柔道だけではない。2013年からの長い五輪バブルが続く間に人口減・少子化が進み、ここにコロナが追い打ち。内実では携わる人間は増えておらず、ジャンルの中でお金も回っていない。ほとんどの競技団体が、これまで直視してこなかったこの現実と向き合わざるを得ない状態なのではないだろうか。これからスポンサーの撤退・縮小も目に見える形でファンの耳目に晒されることになると思うのだが、むしろこれこそが通常運行、地元オリンピックという魔法が解けたこの時点から、地に足つけて、未来向けのベクトルでものを考えるべきだ。

そしていの一番にやるべきは「お金がない」「だから強化が出来ない」ことを宣言して、この問題に柔道人全体を巻き込むことだ。お金がなければ代表の強化も普及活動も出来ない。そしてほとんどのファンは「業界を回すお金がない」ことにすら気づいていない(おそらく今回の派遣態勢も「強化はどういうつもりなんだ?」と強化サイドの育成戦略自体に因を求めたファンがかなりいるのではないか)。このままでは、一般柔道人が問題を認識すること自体が出来ない。

強化サイドが執行部に阿って公言しない、一方連盟は「金を持って来る力がない」うしろめたさがあって敢えて声高に言いたくない、そして皆が気づいたときには既にとっくに遅く、日本の柔道は世代まるごと弱くなり、復活しようにももはや力が残っていない。このシナリオがもっとも良くない。この状況にあって執行部が柔道史に責任を果たす方法はもはやただ1つ、「ない」ことを堂々公言して、オープンな議論を行うことだ。自らの力が足りずに必要な資金を獲得出来なかったわけではなく、社会状況がそれを許さなかったというのであればなおのこと。恥じず、怖じずに「いまや柔道界は、最低限の強化資金を捻出することすら難しい」とはっきり言うべきだ。

日本代表の強化や柔道の普及にダイレクトに繋がっているという皮膚感を持てれば、いかな吝嗇が売りの柔道人といえどもその振舞いは変わる。きちんと出すべきものにはお金を出し、登録も行う。わけもわからず「全柔連は集金主義」と叫ぶだけの「ファッション反権力」の年配世代(筆者は、ある時期、どんなセミナーにも顔を出し、アジェンダに関係なく質問しては「全柔連は集金主義」と叫ぶ年配を目にしたことがある。全柔連の信頼云々以前の振舞いだ。これも、己の活動と強化・普及がリンクしていないからだと思う)は、もう相手にしなくてよろしい。心あるものでものを考え、柔道経済を回していくしかない。

出来ることを考えよ

こういう話になると柔道人のほとんどがまず「スポンサー回りを強化せよ」との旨をのたまう。いかにも柔道人らしいと思うのだが、これは本来あくまで「副」であるべきだ。率直に言って、いま、柔道競技に費用に見合うだけの広告効果を求めることは難しい。長い歴史で見れば、稀に、実業団チームを持ち、選手を雇用し、恒久的に柔道に資して下さる企業が現れてくれるが(この場を借りてあらためてお礼を言いたい)、ほとんどは一代限りの好意ベース。本当にありがたいことだが、「出したお金に見合う広告効果が得られる」というWIN-WINの関係が築けない以上、いつか必ず関係は切れる。本来的な方向性としては、スポンサー料はワンショットという位置づけであるべきであり、長期的には柔道世界の中できちんとお金が回るように、持続可能なマネタイズを考えねばならない。

とはいえ、事態は急を要する。長期視座での理想はともかく、今出来ることは何かを少し考えてみたい。「出来る強化」という観点と、「手の届くマネタイズ」という文脈から。

「予算はない、お金を作ることも許されない」

考えて書き出す前に、1つ強化サイドの振舞いについて触れておきたい。彼らとて手をこまねいて現状を座視しているわけではない。予算がないのなら自分たちでお金を作れないか、強化に特化したスポンサー獲得営業を自分たちの手で行いたい、という話は、実は昨年から持ち上がっている。

幾度か強化から提案されたと仄聞するのだが、残念ながらこの活動はいまだに認められていないようだ。理屈はわからないでもない。物騒な例えで恐縮だが、窮乏する政府の中で予算を獲得したい軍部が独自で資金調達を始めるというのは、いわゆる「失敗国家」の典型的なルートだ。ガバナンスを利かせたいのは理解出来る。(ただ、まさに「そんなことを言っていられるのか?」という危急存亡の秋ではあるのだが…)。

とにかく。強化サイドとて、口を開けて予算が降ってくるのを待っているわけではない。やりたいことはたくさんある、それを実現するためにどうすればいいのか、本来の彼らの職掌を越えてまで知恵を絞り、汗を掻く情熱があることを、リマークとして一言挟んでおきたかった。

出来ることを考える 「ワールドツアー派遣を開放せよ」

グランドスラム・パリ2023
グランドスラム・パリが行われるエコーアリーナ・オブ・ベルシー。今年の日本は男女合わせて9名の派遣に留まった。

このトピックは「出来る強化」の観点から。全柔連がすべての大会、すべての選手の派遣費用を負担することはもはや厳しい。ただ、負担出来る資力と意思のあるチーム・個人に費用を持ってもらうことで、全体のレベルアップを図ることは出来るのではないか。

まずは、出場枠の開放。全柔連はすべての大会に代表を派遣しているわけではない。事前に派遣計画を共有し、「空いている大会」は意思のある実業団・大学チームに枠を与えるべきだ。いまでもこの制度、制限つき(年1回だったと記憶しているが、しかと明文化された文書を読んだことがない。参考に留めて欲しい)で運用されているはずだが、これをより積極的に活用する。当然、資力のあるチームが優位になることもあるだろうが(ある意味公正だが)、目先のフェアネスにとらわれ過ぎて日本全体が弱体化するよりははるかにいい。ルールをしっかり設けた上で、すぐにでも取り組むべきだ。

また全柔連派遣についても、これまで通りの全額連盟負担のほか、半額なり1部なりを選手側が負担する枠を設けて良いのではないか。「国際大会に一定規模の人数を派遣することが大前提。Aランクは全額競技団体が出すが、Bは半額本人負担にする。Bの選手は寄付を募るなり所属に費用負担してもらうなりして参加する」これは、他の競技団体では珍しいことではない。常態とすることには常に反省がなければならないが、「日本代表という大きなグループの強さを維持する」という観点から、これもすぐに採用して良いのではないかと考える。

出来ることを考える 「『東京キャンプ』を定番化せよ」

今年も「東京キャンプ」は大盛況だった。

これは、「出来る強化」と「手の届くマネタイズ」という観点2つともに適うトピック。

東京における国際合宿が、海外選手に大人気である。そして国際合宿開催の有無に関わらず、日本には、ほぼいつも、必ずと言っていいほど、どこかの強国の代表選手が滞在してどこかの大学で出稽古を繰り返している。

識者によると、彼らが「日本に来たい時期」というのはほぼ決まっていて、具体的には3月、6月、9月、12月。6月はご存じの通り月末に全日本学生柔道優勝大会があり、どの強豪大学も「この時期は勘弁してくれ」といったんは断るのだが、それでも、強いて、なんとか、とあらゆるコネクションを使って出稽古をさせてもらおうと試みる国が引きも切らないそうだ。この状況を受けて開催されたのが、2018年6月の「International Training Camp in Tokyo」。6月の国際合宿はリオー東京期の定番であるが、この時は代表選手のみならず一般の修行者も参加可能だったと記憶している。ご存じの通り、大盛況だった。

まずはこれを定番化すればいい。「ほぼ決まっている」時期に合わせて、年4回の定期開催。遠い日本にばらばらに出稽古に来てもらうよりは、まとまってもらい、集団で稽古が出来るほうが彼らも喜ぶ。そして何よりこの環境は国内の選手を資する。必要なのは日常的な海外の選手との手合わせ。「行けないなら、来てもらう」という発想だ。もっかは、円安である。こちらから行くのは大変だが、「海外選手のほうから日本に来てもらう」のは実現しやすい。この状況を利用しない手はない。

マネタイズ。今でも海外選手からはエントリーフィー(参加費)を徴収しているはずだが、これを国内の選手にも適用する。そして参加可能枠は、強化選手以外にも大きく広げる。国内の選手にとっても、たとえば1万円なり2万円なりを払って1週間海外のトップ選手との稽古に参加出来るとなれば、これは悪い話ではないはず。東京国際合宿は男女合わせてこれまで1回600人から800人くらいの参加者があったはずだから、ワンショット的な強化資金にはなるはずだ。

そしてこの「上がり」を、国際大会の派遣費用とする。参加する国内選手にとっても、「自分たちの中から選ばれたものが、自分たちの代表として、自分たちの出したお金で大会に参加する」というのは十分納得のいく話だと思う。

そしてこれは、日本国内に向けた柔道のブランディングとしても大きい。スポーツ、学術、芸術、あらゆるジャンルで、日本がその中心地で情報の上流にあり、海外の専門家が先を争って殺到するものが他にいくつあるだろうか。筆者は柔道の国内ブランディングの勝ち筋のひとつは「国際コミュニケーションにおいて比類なき武器になる」という点にあると思っているのだが、まさしくこれに適う。

地方都市で開催すれば、地域振興にもなる。海外のスター選手が地方にやってくるとなれば現地のメディアが取り上げないわけがない。もう少し妄想を膨らませると、その海外選手たちがやってきやすい6月は、まさに全日本実業団体対抗大会のシーズンでもある。この大会に特別招待枠として海外選手を迎え入れたらどうか。リネール率いるパリ・サンジェルマンvs日本の銀河系軍団・旭化成の対戦など、考えるだけで胸が躍る。この大会はもともと物凄いポテンシャルを秘めたイベントだ。これを国内のファンに気づいてもらえる起爆剤にもなると思う。

強化の面からも、経済面からも、「やらない理由はない」くらいメリットは大きい。敢えてデメリットを言えば、全柔連職員の仕事が増える(後述するが、マンパワーが足りていない。これ以上増やすのはあまりに酷である)ことか。波及効果までを考えれば、新たに部局を作って適切な給与で増員を図ってもいいくらいの話だと思う。いかがだろう。「お花畑」に過ぎるだろうか。

強化に少し話を戻して。「行けないなら呼ぶ」。長い目でこの方向性は持ち続けていい。さらなる「お花畑」の妄想をお許し願えるなら、たとえばドイツのような国内リーグが常態になれば、日本のチームに所属したいという海外トップ選手はかなりいるのではないか。ワールドツアーに大会文化の中心を持っていかれてしまったが、この先は日本が「大会」ではなく「競技文化」の真ん中になるように振舞っていくべきだ。

出来ることを考える 「『大事なものは身銭を切って支える』意識を持て」

専門誌は業界の実力の鏡。我々はこれを維持できなかった。

ここからが一番大事なところだが。柔道人が柔道にお金を使わない、柔道経済を回さないことに根本の原因がある。とにかく業界にお金が回っておらず、さまざまなところで血流が滞っている。これを言うと怒られるかもしれないが、全日本柔道連盟の前線職員の仕事量とマンパワーのバランスが取れていないことは、薄い関わりの中でも容易に察せられる。適切な人員配置には程遠い。これも簡単に言って、お金が足りないからだ。お金がなければ人を増やせない。彼らにこれ以上の仕事量を求めるのは酷とすら思うし、この状況で仕事を「こなす」以上のことが出来るバイタリティの持ち主は社会一般で見ても稀だろう。おそらく、柔道に関わるあらゆる現場で、近い現象が起こっているのではないか。

後発のブラジリアン柔術は、道場経営者を始め、経済的な成功者が次々輩出されている。技術にきちんとお金を払う文化が確立されており、それに見合うだけのリターンをきちんと提供するというサイクルが回っているからだ。わが業界の長距離の理想はなんといっても「きちんと道場が潤い、柔道指導者が指導すること自体で生活が立ち行き、豊かになること」に他ならない。もちろんクオリティの高いサービスを提供できる能力と環境がすべての前提で、そもそもここにも大きな問題があるのだが、長くなるのでこれはひとまず置く。まずは柔道人に、柔道自体にお金を注ぐ習慣、文化を醸成することがその第一歩目だと思う。

「近代柔道」誌がなくなった。大事件と騒がれたが、これは「業界人全体の、柔道にお金を使いたがらない実情を反映した」だけに他ならない。あの時、「近代柔道」がなくなった、これは大事件だ、と騒いだ人たちのほとんどは「近代柔道」をもはや買わない、あるいは買っても定期購読しない人たちだったはずだ。「親族縁者の名前が出ているときだけ買う」では、そもそもその親族縁者の名前を載せてくれるメディアは維持出来ないのである。コピーを道場の壁に貼って済ませてしまう人たちの烏滸な振舞いを、例えるなら好きな作家の本をBOOK OFFでしか買わないような想像力のなさを、もはや媒体の資力が吸収出来なかったのである。「近代柔道」誌の休刊が発表されて以降、会う柔道人のほぼ全員がこの話題の一言目に「でも『近代柔道』自体は赤字ではなかったんですよね?」と言うことに驚かされた。この説明に柔道人が飛びつくのは、うしろめたさの裏返し、そして己が携わる競技が「マイナーではない」という願望の発露でしかない。控えめに言わせて頂くが、「赤字ではない」と「利益を上げている」はイコールではない。圧倒的な数字を上げていたら休刊にはならない。私たちは、業界唯一の専門誌を支えられず、「タダ読み」の末に食いつぶしたのである。有力スポーツの指標である大切な専門誌を、月1回ランチ1回分の投資を渋って、寄ってたかって潰してしまったのである。いまの時代、必要なものは身銭を切って支える態度がなければ、欲しいものは手に入らないのである。

eJudoもこのままではなくなる。専門メディアは業界の力の鏡だ。更新が遅い、記事の量が少ない、読みたいオピニオンを書いてくれず定番のレポート記事をこなすことに偏る。皆さんが不満を持たれているであろうこれらの現象は大きくいってすべて「この業界が持てる媒体のレベル」の反映に他ならない。持ち込まれる提案もやりたい企画も、なにより書きたいオピニオンも目白押しだが、残念ながら目いっぱい。「現在の会員数で出来るのはこの程度です」ということだ。当方がユーザーに価値あると思ってもらえる記事を提供すること、努力することは当然の前提だが、もしこのメディアに価値があると思ってくださるなら、ぜひ有料会員になって支えて頂きたい。

すこし脱線してしまったが、「必要なものは身銭を持って支える」。この観点から、もっとも業界の力になるのは全柔連登録費のはずだ。登録者数が少ないのはメリットが少ないからでこれをしっかり作ることはもちろんだが、現時点ではまず「これが日本を強くすることに直結する」ということはもっとアピールしていいのではないか。「強化」「普及」と寄付枠を設けて、その分を増額してもいいと思う。競技者資格・指導者資格とは関係ない、もっかの賛助会員的な愛好者資格を作って、関わる人間の「数」を増やす手があってもいいと思う。みな、自分が出すお金とその効果を連結させることが出来ていない。自分の出すお金が、たとえば選手をオリンピックに送り出すことに資するとイメージすることが出来ない。当然「自分へのリターンは何か」という観点でしか考えられない。であれば、一線の競技者・指導者以外は、当然登録料は払わない。何に使っているのか、どんなことが起こるのか、遠慮なく、わかりやすく示すべきだ。「黙って払ってくれるであろう人が、何も言わずに払うであろう程度の安いお金」ではなく、「意味があると納得して払ってくれる、もう少し多額」を目指すべきだ。値上げが必要なら、堂々説明して、正面切って上げればいい。その上で、柔道人は、「大事なものは、身銭を切って支える」態度を持って欲しい。

あらためて、「ない」事実を共有することが第一歩

少し話が広がってしまったので、まとめて終わりとしたい。
資力がないことを隠す必要はない。この現状を隠す、分かりにくくすることがもっとも良くない。堂々「ない」「だからなんとかしたい」と宣言して、オープンな議論を繰り広げるべきだ。我々柔道人が後世に対して取れる責任はもはやこれしか残っていない。そして我々は知恵を絞って、身銭を切って、業界を支えるべきだ。

以上である。

(了)

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