(2021年10月24日)
文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta
グランドスラム・パリ2021、日本代表選手12人の採点表をお届けする。今回も、もっとも大きな評価軸は「持てる力をきちんと出せたかどうか」。海外勢に五輪代表選手の参加が少なく、全体的に「新人戦」的な様相の大会となったが、日本代表選手の出来は明暗が分かれた。ざっくり言って、良い選手とそうでない選手の差が激しい大会だった。
採点:eJudo編集部 (10点満点)
男子
60kg級 古賀玄暉(旭化成) 4.5
成績:5位
一線級不在のこの面子で2敗という事実は重い。内容的にも厳しかった。背中抱きと前襟柔道の効果的な往来が持ち味だが、己の認識する長所短所と国際舞台でのそれが噛み合っていない印象。なにより地力が足りない。得意の「草刈り大内刈」からの引き込みで「一本」を獲るなど面白い試みも見せたが、地力不足のままでは単発奇襲に留まり、最後は結局手が詰まってしまう。体型と搭載可能な筋量を考えると、この階級で戦い続けるにはもう一段己の柔道を整理し、研ぐべき部分がどこかをしっかり考え抜くことが必要と感じる。
66kg級 田中龍馬(筑波大2年) 6.5
成績:優勝
ワールドツアー初出場初優勝。対戦相手のレベルは藤阪に比べると一段落ち、担ぎ技を連発して「拾う」「押し込む」戦型もまだまだジュニアのそれで、特に組み手は練り込みの余地大いにあり。準決勝までの戦い方は決して手放しで評価出来るものではないが、なにより「初出場初優勝」が出来てしまうこと、それも決勝で豪快な「一本」を決めるという、その大物属性が買える。体自体の大きさ・強さ(73kg級の選手に見えた)もかなりのもので、地力でトップ選手と伍する可能性も十分あるのではないか。とにかく楽しみ。結果に加え、こういった「底の知れなさ」と決勝のインパクトで加点。
66kg級 藤阪泰恒(パーク24) 5.5
成績:2位
準決勝までは出色の出来。単に結果を残すだけはなく、投げて勝たねばならないという強い決意が感じられた。2回戦でもと世界ジュニア王者ウィリアン・リマに決めた足車は大会ベストスローの一。倒した相手も60kg級世界王者アブラゼにキアと格が高く、本来優勝して然るべきは藤阪の側だったと言っていい。組み手の巧さもさすがの一言、特に釣り手操作は「当代きって」と言ってよいレベルかと思われる。ただし、決勝は「指導2」リードまでの完璧な展開から一転、完全に詰めを誤った。出口戦略に難あり。結局選抜体重別とまったく同じミスを犯し、同じ相手に同じ技で投げられてしまった。田中の奥襟に抱き勝負で応じた瞬間、悲鳴を上げたファンも多かったのではないか。田中の側としては藤阪にこれを受け入れてもらうしか、もう勝ち方が残っていなかったはず。峻拒すべきだった。勝負に貪欲な一方でここ一番の勝負度胸に欠ける、藤阪積年の課題が出てしまった決勝だった。
73kg級 橋本壮市(パーク24) 4.5
成績:2回戦敗退
デニス・イアルツェフ(ロシア)の突っ込み左内股(組み手と逆である)を受けてまさかの「技有」失陥、追撃が粗くなったところを右小外掛に抱かれて万事休した。事象を並べると、奇襲を食らい、ビハインドで出来上がった下り坂で効果を加速されてしまったという典型的なアクシデント負けだが、事はそれにとどまらない。過程が良くなかった。生命線の引き手を無力化され、この「引き手の工作」の陽動作戦である釣り手アクションにまったく反応して貰えなかった。明らかに研究されており、対策されてなお上を行くだけの成長が企めていなかった。イアルツェフが左内股(かつて大野将平に投げられ掛けた「詰める内股」に連なる技法であった)を持ち込んで具体的な上積みを見せた、その様とは対照的。橋本の試合ウォッチの醍醐味は、今回も何か企んで来ているという「ワクワク感」にあるのだが、代表レギュラーメンバー入り以降ほぼ初めて、これが感じられない大会だった。
73kg級 原田健士(ALSOK) 6.0
成績:優勝
ワールドツアー2度目の出場で見事優勝。組み合わせとトーナメント進行の妙で橋本、ヘイダロフ、マフマドベコフ、イアルツェフ、あるいはライクといった一線級との対戦はかなわなかったが、力を証明した大会であった。決勝、手先の組み手争いによる泥沼化を図ったダークホース・リキンを相手に背中を捕まえての捨身技に戦型を変えた判断は良かった。この場面に限らず、一貫して、鈴木桂治監督の「海外勢のような背中を持つ柔道スタイルが、今回は嵌った」という評価がふさわしい大会であった。講道館杯を2連覇、そして国際大会初優勝。対戦相手のレベルが高くなかったが、逆にプロセスとしてはこれ以上ないものを踏んだと言える。中途にステップを一段増やして、着実に階段を上ったというところ。これでトップ大会派遣の権利獲得。一線級との連戦に晒されるはずの、2月以降が非常に楽しみだ。
81kg級 佐々木健志(ALSOK) 7.0
成績:優勝
今大会全階級、全選手を通じたMVP。マティアス・カッスとタト・グリガラシヴィリの世界選手権金銀メダリストをまったく相手にせず1分弱で料理、力を余したまま全試合一本勝ちで優勝を攫った。これまでも圧勝・大勝自体は度々あったが、本人認める通り「圧勝か初戦負け」という波の大きさが課題であった。ギャンブル技による「自爆」がその大きな原因であったのだが、今回はここを抑制してなお優勝という結果、それも佐々木らしさを失わぬ内容を残したことが大きく買える。初戦のアノー・アレグバ戦をはじめ、相手の背を抱き、あるいは体側について得意の横車や裏投を狙える場面は幾度かあったのだが、リスク少ない選択で(アレグバ戦は首に「ラリアット」を入れての隅落に切り替えた)より確実に勝てる可能性が高い選択をしていた。こうなれば、理屈上は無敵。佐々木はいったいどこまで勝ち続けるのか、来年度の国際柔道シーンに素晴らしいみどころが立ち現れた大会だった。
81kg級 藤原崇太郎(旭化成) 5.5
成績:3位
準決勝でグリガラシヴィリに苦杯。優勝ならずということで相応の点としたが、3位決定戦の世界王者カッス狩りは高く評価されるべき。いまの81kg級世界でカッスを投げるというのは物凄いこと。圧勝Vを飾った佐々木健志にこれ以上離されるまいという強い意志を感じた。順行運転のレベルの高さと確かさが売りの藤原だが、あの体落は序列からも試合の流れからも一段ジャンプした予想外の一撃。良い意味で狂っていた。殻を破るきっかけになるかもしれない。
90kg級 長澤憲大(パーク24) 6.0
成績:優勝
「勝たないと後がないよ、と伝えていた」(鈴木桂治監督)というハイプレッシャーの中、みごと優勝。3月のグランドスラム・タシケントに続く2大会連続のGS優勝で、来年度ハイレベル大会派遣の権利をガッチリ確保した。決して派手ではないのだが、勝負どころでしっかりパフォーマンス。ルカ・マイスラゼ戦の完封(指導差3-1)やエグディゼ戦の詰め将棋(「指導2」確保後の返し技)も「らしかった」が、より長澤らしさが溢れていたのが決勝フセン・ハルモルザエフ戦の浮落「技有」。いわゆる「サリハニ状態」に対する明確な解。その論理性の高さといい、小さい入口から効果を拡大する乗り込みの巧さといい、出色だった。
村尾三四郎(東海大3年) 4.5
成績:5位
持つ力をしっかり発揮出来たか、というこの採点の評価軸からして到底高い点はつけられない。何より買えないのがハルモルザエフ戦。陽動組み手と軽い技の連発による手数作戦を許し、一方的に「指導」を積まれた。純粋な力でいえば、いまの村尾がハルモルザエフに遅れを取るなどありえない。ブダペスト世界選手権で一敗地に塗れたダヴラト・ボボノフ戦の反省が生かされていなかった。慎重過ぎたこの試合の影響か、逆に難しい場面で無理やり勝負に出て失敗してしまった3位決定戦も残念。せめてこのエグティゼ戦はしっかり勝ってメダルを得、ハイレベル大会派遣の権利は保っておくべきだった。ミスで落として、最低限の事態収拾もままならず。意外であり、そして残念な大会だった。
100kg級 飯田健太郎(旭化成) 4.0
成績:2回戦敗退
合格点は優勝、少なくとも準々決勝でアルマン・アダミアンとバチバチの勝負をした上で内容を問われるということが基準点の大会であったはずだが、初戦で姿を消してしまった。フランスの3番手(マレが超級に移ったので新2番手というべきか)でランキング92位のセドリック・オリヴァに一本負け。「失態」と評されて然るべき。昨年来ここぞの場面で厳しさを欠く「緩み」が目立っていたが、不用意に手を伸ばして背を抱かれた失点シーンはその典型であった。90kg級の村尾や100kg超級の2人同様、率直に言って単に己より強いものとの稽古が足りていないのではとまで感じさせられた。ブダペスト世界選手権からの積み上げ見えず、同根同種の失敗の繰り返し。成果のない大会だった
100kg超級 佐藤和哉(日本製鉄) 4.5
成績:2回戦敗退
得意の右足車がタソエフの裏投に捕まって「技有」失陥。力関係的にこれは致し方ないところがあるのだが、早い時間の失点ゆえ追撃戦における手立てのなさがクローズアップされることになってしまった。こちらの方が問題としては大きい。決して体の大きくない佐藤が国際大会で戦っていくにあたり、戦型オプションの不足は致命傷になりかねない。自分のやりたい形に相手を嵌めていくというやり口を貫いて世界と戦うことは難しい。次戦でどんな引き出しを見せてくれるかに期待したい。初戦敗退ではあるが相手が優勝したタソエフであること、そのタソエフとフルタイム戦って「試合になる」力は見せてくれたということで、減点幅は抑えさせていただいた。
100kg超級 小川雄勢(パーク24) 4.0
成績:2回戦敗退
躍進中のユール・スパイカースに一本負け。上下にあおられて潰され、押し込まれて場外に出され、挙句前に出たところを担がれるという、ちょっと救いのない試合だった。スパイカースは間違いなく強者だがファン視点で言えばどちらかというとキャラクター先行のバイプレイヤー。メダリストクラスの周辺世界に棲み、隙あらば境界に侵入して時折メダルを掻っ攫おうという、序列・見た目・柔道ともに一言で言って「面白い選手」の枠だ。タイプ的に噛み合わない可能性があるとは思っていたが、正直なところ、まさか小川が遅れを取るとは思わなかった。スパイカースはコロナ禍以降に急成長した選手。日本の重量級全体の地盤沈下、コロナ禍における練習環境悪化の影響が極めてビビッドに感じられた一番だった。
女子
48kg級 古賀若菜(山梨学院大2年) 6.0
成績:優勝
宣言通りの圧勝V。「合格」という一言がふさわしい。唯一最大の山場であったシリーヌ・ブクリ戦も内股透「技有」の優勢で突破、他3試合はまったく相手に柔道をさせず腕緘・送襟絞・崩袈裟固とすべて早い時間の「一本」で終えた。寝技のバリエーションを増していること、立ちから寝の素早いエントリー、そして担ぎ技を巡る発言の数々、いずれも高い意識が垣間見えてこれも大いに買える。今回は4勝のうち3勝がフランス勢。1番手から3番手までを完全に押さえつけ、日本強しの印象を最大のライバル国に与えた、その功績も大きい。
52kg級 武田亮子(コマツ) 3.0
成績:2回戦敗退
アストリード・ネトに日本代表が負けてしまうという事実もさることながら、戦い方に眼目が感じられなかったことが買えない。ネトと武田が戦えば、「指導」の獲り合いになるということまでは誰もが予想するはず。そこでどんな戦いを期したのか。ネトは圧殺指導狙いオンリーの選手で、長所は圧力、弱点は集中力が切れやすいことと、ゆえに長期戦やハイプレッシャー下でのイージーミスが極端に多いこと。武田タイプがじっくり袖を絞って長期戦に持ち込めば、必ず勝機があったはず。それが組み際の技を失敗し続け、圧を受け、あっと言う間に「指導3」失陥。2分半の間に「偽装攻撃」「取り組まない」「足取り」というスタッツから、一貫した方針が感じられない。どんな戦略で戦おうとし、何がうまくいかなかったのか。厳しく検証して欲しい。国内52kg級の厳しい台所事情をあらためて強く意識させられた2分半だった。
57kg級 舟久保遥香(三井住友海上) 6.0
成績:優勝
全試合一本勝ち。絶好調のプリシラ・ネト、フランス次代のエース候補ファイザ・モクダ、そして確変カロリーヌ・フリッツェと倒すべき選手をすべて倒し、しかも内容が素晴らしかった。組み手、足技、寝技のすべてがレベルアップ、かつこの3つが継ぎ目なく、有機的に連携していた。得意の「舟久保固め」にこだわらず、状況に応じて的確なシナリオと決め技を繰り出した寝技にこのあたり端的。2月以降の欧州シリーズ、そして待ち受ける芳田司・玉置桃との戦いが非常に楽しみ。
70kg級 新添左季(自衛隊体育学校) 7.0
成績:優勝
出色の出来、今回の女子代表のMVPはこの人。ブダペスト世界選手権の金銀メダリストを一蹴しての全試合一本勝ち、しかも内容が素晴らしかった。組み手、投げ、寝技と全てが一段も二段もレベルアップ。実業団に進んでついにその爆発的な潜在能力を、抵抗器なくまっすぐアウトプットする「経路」を得たように見受けられた。初戦で決めた二段の足技は「4年間、好奇心と遊び心で練習を続けていた」ものとのこと。こういった、技術に対する目の豊かさがあることも買い。ただし、戦後「まだ先頭で走るほど成長出来ていない」と語ったその自己評価の低さが惜しい。トップランナーの重責を背負ってなお勝つ、「あと一周」回った位置に辿り着いて欲しいところ。1年でも早く世界選手権を制して、トップを自覚出来るようになってもらいたい。
70kg級 大野陽子(コマツ) 5.0
成績:3位
新添に完敗も以後2連勝で3位を確保、という結果自体は呑み込める範囲内。最低ラインの成績をしっかり確保したと言える。ただしやはり、ブダペスト世界選手権でも見せた戦略性の薄さが気になった。目の前の攻防をこなすのみで、戦い方に大きな戦略が見えない。これではやはり、長い目で見て成績は安定しない。3位決定戦ではランキング33位のケリー・ピーターセン=ポラード(イギリス)とまさかの長時間試合を演じた(7分13秒)のだが、極端に言えば、膠着している場面と、良い組み手を得て内股「技有」を得た場面にアプローチの違いが感じられない。強いがゆえに勝つ、というこの戦い方で世界が取れるのか。積年の課題である、激しい出来不出来の波を上方でまとめることが出来るのか。以後どの方向に成長を求めるのか、注目しておきたい。
78kg級 髙山莉加(三井住友海上) 5.5
成績:2位
髙山が強いことは誰でも知っている。あとはコンスタントに成績を残せるかどうかが問題なのだが、残念ながら今回も勝ち切れなかった。アレクサンドラ・バビンツェワ(ロシア)は強者だが、日本代表が敗れてはいけないレベルの相手。抱き合いを避けて前襟で勝負するという眼目は正しかったが、詰めを誤ってしまった。ハイレベル大会派遣メンバーに割って入るにはどうしても結果が欲しかったところだが、あと一歩及ばず。国内はこの78kg級も厳しい状況が続く。
78kg級 泉真生(コマツ) 4.0
成績:1回戦敗退
巧みな小外刈で「技有」先行も、裏投「一本」で逆転負け。ナタリー・パウエルも、日本代表に名を連ねるのであれば決して遅れをとってはならないレベルの相手。残念な結果だった。逆転を許した場面には、技術に対する目の薄さと実戦感覚の不足の2つを感じた。ケンケン内股で粘った末にあきらめて足を下ろしたところに裏投をカチ合わされたのだが、頭を抱え、腰が外に出てしまったこの状態のケンケン内股は、どんなに回し込んでもこのレベルではまず掛からない。日本代表の手練れたちはこの場合、腰を突っ込むなり、横に詰めるなり、具体的な決めの手段の引き出しを的確に開けるのだが、この場面の泉は単に目を瞑って「掛かるはず」と力任せにケンケン動作を続けたようにしか見えなかった。そうなってしまった(力で解決しようとしてしまった)ということなのだろうだが、技の成立要件はなにか、どこまで何が揃っていればこの技は決まるのか、平時の、技術を検証するという目線の薄さを感じた。技術でアドバンテージのあるカードで、相手のフィールドである「粗くてもパワーで解決」というステージに自ら足を踏み入れた形になったことも残念。コロナ禍で稽古相手が限られ、手ごたえを誤った可能性もあるが、観ている側にとっても辛い負け方であった。
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