取材・文:古田英毅
写真:乾晋也

「きこえない・きこえにくい人のためのオリンピック」(公式サイト)、デフリンピック競技大会が15日に開幕。25回目にしてはじめての日本開催となった今大会、柔道競技はきょう16日から東京武道館で行われ、初日は男女それぞれ3階級が実施された。
5人が出場した日本代表からは、女子52kg級の岸野文音(紀陽ビジネスサービス)と、男子73kg級の蒲生和麻(JR東日本)の2人が銅メダルを獲得した。

ID柔道大会の選手としても活動する岸野は23歳。この日は初戦でアイセ=ベリル・ボヤジ(トルコ)を崩袈裟固「一本」、準々決勝でドミニカ・ボレク(ポーランド)を得意の背負投で2度投げての合技「一本」で下してベスト4入り。準決勝は優勝したジョン・スクファ(韓国)に敗れたが、3位決定戦はケンカ四つのショーナ=マリー・マグワイア(アイルランド)を相手に、まず釣り手で腋を差して片手の浮落「技あり」をリード。40秒には袖釣込腰を押し込んで2つ目の「技あり」。合技「一本」で勝利した。

岸野は、今大会日本選手団全体を通じたメダルリスト第1号となった。報道陣の取材に応ると「もう一言では言えないくらい嬉しいです」と破顔。「応援が多くてびっくりした。力になった」と感謝の言葉を述べると、「自分は聴覚障害のほか、知的障害も持っている。メダルを取ることで同じ状況の人たちに、勇気を伝えることが出来ればうれしい」と思いを語った。

31歳の蒲生は初戦でツァハ・パウション(スイス)に左内股「一本」、準々決勝でフリホリー・ヴシェステンコ(ウクライナ)を片襟の左背負投2発の合技「一本」と連続一本勝ちの好スタート。準決勝はかつて聴者のシニアカテゴリでも活躍していたファン・ヘヨン(韓国)の両袖大外刈の前に沈んだが「10年前に対戦したときよりは、やれた。いつもと変わらず次の試合のイメージトレーニングをして集中を切らないように心がけた」(本人)と動揺はなし。迎えた3位決定戦はエネス・イルディス(トルコ)から左背負投で「技あり」を奪うと、緩めず崩上四方固に抑え込み「一本」で勝負を決めた。

戦後は、「前回のブラジル大会では直前に大けがをしてしまい、自分の柔道が出来ずに5位。今回はメダルも嬉しいが、自分の柔道が出来たことが良かった。応援を力に変えられました」と力強くコメント。「デフリンピックをきっかけに、ろうに対する理解が上がるといい。自分たちも理解されるだけでなく、聞こえる人たちそれぞれのの個性を理解して、共生社会に取り組んでいきたい」とトップアスリートとしての自覚をにじませた。

2024年のデフ世界選手権で金メダルを獲得した32歳、66kg級の佐藤正樹(ケイアイスター不動産)は5位だった。準々決勝で、優勝したグラマ・ハムゼ(カザフスタン)に背負投「一本」で苦杯。敗者復活戦を崩袈裟固「一本」で勝ち上がったが、3位決定戦はアリ・サラフシュル=ゴル=ハニ(イラン)を相手に左袖釣込腰で一段力を込めたところを引きずり戻され、隅落「技あり」失陥。優勢負けで惜しくもメダルには手が届かなかった。

戦後は、「得意技を返された。これが現実。これが佐藤の実力だということです」とすっきりした表情。「結果は悔しいが、相手を尊重することや、礼を重んじること、日本人として柔道のそういう部分は表現出来たと思う。聴者と遜色なく柔道の力をお見せ出来たのではないか」と胸を張った。

44歳の男子60kg級代表、吉良暁生(千葉県立八千代特別支援学校)は7位。準々決勝で、銅メダル獲得のバイサルベク・オロザリ=ウール(キルギス)から右一本背負投で「技あり」を奪うも、寝技で逆襲を食って横四方固で一本負け。敗者復活戦はパワーのあるアルチュンベク・カキタエフ(キルギス)を相手に左右の背負投を駆使して粘り続けたが、GS延長戦1分23秒縦四方固「有効」で屈した。試合後は「抑え込まれてしまったことも含めて、準備不足。これに尽きます」と振り返り、「応援してくれた人たちの期待に応えられず残念に思いますが、皆さんの応援があって日本代表まで行きつき、こういう素敵な舞台に立つことが出来た。幸せなことです」と目を潤ませていた。

48歳で参加した57kg級の岡本記代子(一般社団法人ありがとうの種)は、初戦で敗退。銀メダルのブセ・ティラス(トルコ)を相手に前に出たところを一本背負投に捕まり、一本負けで初めてのデフリンピックを終えた。戦後は涙止まらずも「『聞こえない柔道』をする子どもたちは少ない。その子どもたち、とくに女子柔道をみんなに目指してもらえるようにと出場を決めた」と思いを語り、「これからも柔道、頑張ります」と礼儀正しく語っていた。
日本代表の瀬川洋監督は「世界選手権やアジア大会とは海外勢の仕上がりが全く違う。本気を感じた。同じ対策では届かない部分があり、そこは若干の反省がある」とコメント。初日の結果については「勝てると思った選手がマークされてやられてしまった一方で、52kg級の岸野などは期待以上の柔道。思い切りの良さが出た」と総括し、「選手を信じています。明日もやってきたことをしっかり出して欲しい」と意気込みを語っていた。
日本代表選手全試合の結果は下記。
60kg級
吉良暁生(千葉県立八千代特別支援学校)
成績:7位
【1回戦】
吉良暁生〇優勢[有効・背負投]△モハメド=アリ・アントリ(アルジェリア)
【準々決勝】
吉良暁生△横四方固(2:01)〇バイサルベク・オロザリ=ウール(キルギス)
【敗者復活戦】
吉良暁生△GS有効・縦四方固(GS1:23)〇アルチュンベク・カキタエフ(キルギス)
66kg級
佐藤正樹(ケイアイスター不動産)
成績:3位
【1回戦】
佐藤正樹〇不戦△パムウェナセ=ンデシパンダ・ハムウェレ(ナミビア)
【準々決勝】
佐藤正樹△背負投(1:24)〇グラマ・ハムゼ(カザフスタン)
【敗者復活戦】
佐藤正樹〇崩袈裟固△ヨナス・イェンツァー(スイス)
【3位決定戦】
佐藤正樹△優勢[技あり・隅落]〇アリ・サラフシュル=ゴル=ハニ(イラン)
73kg級
蒲生和麻(JR東日本)
成績:3位
【1回戦】
蒲生和麻〇内股(0:40)△ツァハ・パウション(スイス)
【準々決勝】
蒲生和麻〇合技[背負投・背負投](2:46)△フリホリー・ヴシェステンコ(ウクライナ)
【準決勝】
蒲生和麻△大外刈(2:21)〇ファン・ヘヨン(韓国)
【3位決定戦】
蒲生和麻〇合技[背負投・崩上四方固](3:33)△エネス・イルディス(トルコ)

52kg級
岸野文音(紀陽ビジネスサービス)
成績:3位
【1回戦】
岸野文音〇崩袈裟固(0:49)△アイセ=ベリル・ボヤジ(トルコ)
【準々決勝】
岸野文音〇合技[背負投・背負投](1:59)△ドミニカ・ボレク(ポーランド)
【準決勝】
岸野文音△優勢[有効・肩車]〇ジョン・スクファ(韓国)
【3位決定戦】
岸野文音〇合技[浮落・袖釣込腰](0:40)△ショーナ=マリー・マグワイア(アイルランド)

57kg級
岡本記代子(一般社団法人ありがとうの種)
成績:1回戦敗退
【1回戦】
岡本記代子△一本背負投(2:12)〇ブセ・ティラス(トルコ)
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