文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta
上質な1日だった。役者が揃い、それぞれが持ち味を発揮し、互いがそれを知るがゆえの駆け引きがあり、しかもアウトプットに素晴らしい投げが多かった。ワールドツアー大会の長所をそのままに、「五輪」という異常な磁場を掛け算。この2つの項の数値が高く、特に前者が高かった1日。観戦体験として非常に贅沢だった。
評は、それぞれ一言ずつ。
一芸職人が「格の高い柔道家」に成長。ゼリム・コツォイエフが金メダル
ゼリム・コツォイエフが金メダル。5月のアブダビ世界選手権で初優勝、今大会は堂々第1シード選手として戦い、ついにオリンピックの金メダルを獲得した。
戴冠自体はもちろん、その柔道にも感慨を覚えた。もともといい選手だったが、かつては真ん中に座る人ではなかった。2019年東京世界選手権の試合開始直前に、観客席で羽賀龍之介さんが「今日はコツォイエフが来るんじゃないですかね?」と名を挙げたことを思い出す。私も同意したわけだが、「来るんじゃないか」という発言は、実は背景に「本命ではない」という共通認識があってこそ成り立つ。当時はあくまでひとつの「芸」で立つ、「いい役者」「面白い脇役」という位置づけだった。「芸」は右釣込腰。のちに私たちが「コツォイエフ釣込腰」と呼ぶ、クロスグリップで背中を叩き、低い位置を持ったまま肘を挙げて体をぶつけ、投げ切る技だ。
スポンサーリンク