⑦準決勝―決勝/令和7年全日本柔道選手権大会・振り返り座談会

注目の記事/記事
  1. ホーム
  2. 注目の記事
  3. ⑦準決勝―決勝/令和7年全日本柔道選手権大会・振り返り座談会
上段は座談会参加者。右から朝飛大氏、西森大氏、上水研一朗氏、司会の古田英毅。

※座談会は2025年5月6日(2回戦まで)・15日(3回戦以降)に開催されました。
(⑥準々決勝からつづく)

準決勝

中野寛太(推薦・旭化成) ― 香川大吾(東京・ALSOK)
原沢久喜(推薦・長府工産) ― 増山香補(東京・パーク24)

中野寛太(推薦・旭化成) ― 香川大吾(東京・ALSOK)
原沢久喜(推薦・長府工産) ― 増山香補(東京・パーク24)

古田 ベスト4が出揃いました。先ほど一度お聞きしてるんですけど、準々決勝終わって、あらためて。ここでベスト8開始時点と皆さま見たてに変化はあったのでしょうか。どんなふうに考えておられましたか?

上水 この時点でも、やはり原沢選手ではないかと思っていました。

古田 なるほど。

準決勝の畳に向かう原沢久喜

上水 むしろ一段ブーストですよね。準々決勝を見終わって、より、その気持ちを強くしていました。増山選手も乗っていますが判定、判定で勝ってきて長い時間戦っているのが不安材料。一方で原沢選手は準々決勝をあっという間の「一本」で終えている。ここで体力を残せたことは決勝までを考えても大きいのではないかと考えていました。そして、香川選手が太田選手戦という山場を抜けたことで、これは勝負出来る目があるのかなと。準決勝は中野選手が相手。昨年の大会は判定で敗れましたが旗は1-2でぎりぎりでしたし、その直前の全日本選抜体重別選手権では勝利しています(※隅落「一本」)。縺れるのは間違いないが、相性的には悪くないなと。

古田 ありがとうございます。朝飛先生はいかが感じておられましたか?。

朝飛 私も、原沢選手が準々決勝で消耗を抑えられたことは非常には大きい、と思っていました。あとは、個人的な思い入れですが、あの腕挫十字固。パッと、令和2年大会準決勝、羽賀龍之介選手が石内裕貴選手の内股で少し浮かされながら、あっという間に跨いで「一本」を取った試合を思い出しました。あの時の羽賀選手、優勝しています。なんとなく、これはいくのではないかと。この年齢で、1年間試合に出ていない原沢選手が優勝したらこれは凄いぞと、興奮していました。

古田 ありがとうございます。西森さんどうでしたか?

香川大吾。準々決勝の太田彪雅線を乗り越えた。

西森 準々決勝の中野選手のやや慎重な試合ぶり、そして香川選手が大田選手を破った様を見て、勢い的に香川選手が上がって来るのではないか、と感じていました。ただ、右の山はおそらく原沢選手。そうなると、これまでの対戦からしても原沢選手優勝の可能性が高くなってきたかな、というのが正直なところでした。この時点では、勝ちぶりの良さからして、私も原沢選手にはまだスタミナもかなり残っているのではないかと思っていたんですよね。そんな印象で見ていました。

古田 ありがとうございます。ちなみにこの時点で、報道席のメディアがこぞって、原沢選手が優勝した場合の記録の確認を始めた、というメモが私の手もとにあります。何年ぶり何度目か、何歳での優勝か、それは最年長記録で言うとどうなのか、といったところですね。彼らも原沢選手優勝が「ある」とビビッドに感じ始めたタイミングだったと思います。

香川大吾(東京・ALSOK)○優勢[技あり・引込返]△中野寛太(推薦・旭化成)

香川大吾○優勢[技あり・引込返]△中野寛太
香川の引込返「技あり」
ともに左組みの相四つ。序盤は双方が引き手を襟、釣り手で奥襟を持つ相似の形でがっぷり四つの展開。36秒、中野が相手の釣り手をくぐって裏に抜けて、右掬投で先制攻撃。しかし香川もこれに左払腰を合わせて譲らず。その後も互いにがっぷり組み合い、足元から蹴り崩すターンを続けて展開は膠着。そして迎えた2分45秒、香川が釣り手をクロスで背中に入れて後帯を握ると、中野は右引き手で香川の脚を取るも中途半端。前屈みの状態で待ちの時間を作ってしまう。香川この隙を逃さず引込返に潜り込み、体の横を通して転がし「技あり」。リードを得た香川は相四つ横変形のまま前進、圧力を掛けて中野に良い形を作らせず。香川が一本背負投を見せたところで、試合終了のブザー。(当日戦評・eJudo)

古田 準決勝戦です。香川大吾選手が引込返「技あり」で中野寛太選手を破りました。西森さんお願いします。

西森 今大会全体を通して何試合かあったのですが、この準決勝第1試合も「先手を取る」ことが大きなポイントになった試合でした。双方の防御力の高さから、1つのポイントがそのまま決定打になるというタイプのマッチアップ。この構図の中で中野選手がやはりやや元気がなく、香川選手が圧を掛けてくる中で、頭を下げて後帯を取られてしまった。そしてこの場面を甘んじて受け入れてしまった。そういう印象でした。常であれば「取り味」という部分では中野選手の方が多いと思うんですけど、香川選手の圧の前に消極的になったところに一発を食った。技の選択も興味深かった。香川選手、これがあったかという感じでしたね。そしてこの2人くらいの力関係だと、「技あり」から展開をひっくり返すのはもはや難しい。そういう試合だったと思います。

古田 ありがとうございます。朝飛先生お願いします。

片襟基点でクロスで背中、背中から帯と段階を追って握りを深めた

朝飛  香川選手はあの引込返の場面、クロスから帯を持ちましたね。奥襟から首を乗り越えさせて片襟、そこから前に出ながら細かく技を打って、反則を取られない状態で持ち続けて土台を作り、さらに、クロス、そこから帯と持ちどころを深めて、そして勝負技。私、見ながら帯を持ったところで周りに「あ、引込返行くぞ」と言っていました。かなりやってきた技ですね。ワンチャンスをしっかりものにしたのが凄い。東海大の凄さだと思います。香川選手、その後も良かった。中野選手が帯を持ってきても潰れないし、大外刈に行って返されそうになったときも投げようと追いかけて、最後まで逃げる動作がなかった。かなりやり込んで、作り上げて来ているんだなと思いました。迫力を感じました。

古田 ありがとうございます。面白かったです。 片襟基点から、掛けることを使って組み手の段階を上げていくのもモダンで、非常に東海大っぽいですね。あとはその殿戦の絵に格を感じたというところも興味深い。お話を聞きながら、絵を思い出していたところでした。それでは、上水先生、お願いいたします。

前に出、攻めて残り時間を戦い切った

上水 この試合、香川選手にとっては前年のチャンピオンに挑む形の試合ですね。一番意識したのは、近くに寄ることだったと思います。「接近戦で勝負していい試合」と事前に話し合っていたので、実際にどう寄っていくかということでした。先ほどからお二方が仰ったように片襟を軸にしながら、うまく距離を詰めた。…去年はやはりちょっとの差で負けたんですよね。本当に。そのこともあったので、やはり打つときは思い切って打たなきゃダメだというところで、「接近戦」に加えてもう一つ「掛け切る」ことを意識しようと。 さらに、無駄な「指導」をもらわないように、 意味なく潰れたり、下手に掛け逃げをしたりという消極的姿勢を見せないということ。この3つの確認はしていました。

古田 なんと。まさにその通りの試合になりましたね。勝負技の引込返に関してはいかがでしょう?

上水 帯を持っての攻撃。それまでは大内刈と大外刈が軸だったので、中野選手はそちらが頭にあったかなと思います。

古田 なるほど。裾を持っていた引き手を1回離して、ぶらぶらさせながら待っていた。たしかに大内刈や大外刈のイメージが頭にある匂いはしましたね。

上水 で、ここからが大事なのですが。帯を持って、すぐに行かなかった。1回トンと足を入れている。左足を入れて、相手の反応を見ているんですよね。香川選手が言っていたのは「ウルフ先輩が学生に講習しているのを見て、使えると思って練習していた技」と。まず、帯を持ってすぐに入るとやはり掛からないと。1回トンと足を入れて、相手の反応を見てから掛けるんだと。そして、右手をこう、内側に押し込みながら相手の体を回すんですよね。

引き手は脇を掬わず、袖を持ったまま腹側に折りこんでいた。

古田 引き手を腹側に折り込む?

朝飛 確かに、やっていました。

上水 そうです。こうやって入れ込みながら回すと、相手はひっくり返らざるを得ないんだと。

朝飛 あれをやられると、背中から落ちていくしかないんですよね。相手は体のコントロールが効かなくなる。

古田 なるほど。肩を包まれるのと同じ形になるし、手が内側にまとめられて体にくっついているからバランスがとりにくい。そもそも論として体動かせなくなりますし。

上水 この1回、いつか使える時のためにずっと練習を続けていた、香川選手の全日本に掛ける執念を感じましたね。ワンチャンスにそれが生きた。そして取ってしまえば、受けには自信があるので、こうなると強い。あとは中野選手が接近して来たときに無駄に打ち合わないということが大事になるのですが、これはしっかり最後まで出来ていましたね。。最後まで掛け逃げしたり潰れたりせず、相手の動きをよく見てしっかり受けていた。ある意味プラン通りの戦い方が出来たのではないかと思います。大きな山場を越えましたね。

古田 ありがとうございます。正調の引込返では腕を掬って抱えるわけですが、その部分が「腹側の折り込み」になっている。単に持ち替えずに過程を飛ばしたというのではなく、この、持ち替えずに掛けることがまさに一回転させる「機能」として働いていたのは凄く面白かったです。必然的に、受け身を取らせていた。

西森 佐藤宣践先生や柏崎克彦先生がやる、相手の中に横から入っていく技法の、中間というか。

古田 なるほど。佐藤先生、確か「バイタル柔道」では引き手で袖を持ったまままっすぐ入る技法と、自分の体を「折りこむ」方向に滑り込ませて横に体を捨てる技法を紹介していました。

西森 そうです。まっすぐ返すのと横に潜るもの。

古田 腕の形を項に入れると、確かにその中間、ハイブリッドとも思えますね。

西森 通常基本として教えられる帯取返や引込返は脇を掬うタイプですが、これはやはりカウンターを食う可能性が残るんですよね。捨身技はくっついて掛けなければいけないので、掬った側の腕を抱え返されると肩車も食ってしまいますし、逆側の裾を持って突進するような流行りのカウンターも狙われやすい。ただ、この形だとカウンターは出来ない。非常に上手く、自分のリスクを冒すことなく、得点に繋げられる掛け方だったと思います。

香川大吾○優勢[技あり・引込返]△中野寛太
圧を解かず、無駄な動きを抑えて攻めの姿勢を貫いた。

古田 納得です。あとは「無駄に打ち合わない」。中野選手は一発逆転属性のある足技、特に相手の意識の外から襲える「払い技」が得意ですが、この成立要件である重心移動の隙を最小限に抑えていました。両足を付けて横変形で前進圧力。前に出る、という行動はやはり「食わない」んだなということを凄く思いました。ありがとうございました。語りどころ一杯の試合でしたね。

原沢久喜(推薦・長府工産)○谷落(4:53)△増山香補(東京・パーク24)

原沢久喜○谷落(4:53)△増山香補
原沢の谷落「一本」
原沢が右、増山が左組みのケンカ四つ。組み止めたい原沢、動きの中で担ぎ技を狙いたい増山という構図。原沢は煽り出しをベースに試合を組み立てる。増山は片手の左背負投を度々仕掛けるも、原沢の懐の深さと「被せる釣り手」を前に空回り。十分に効かせられない。1分4秒、増山の左小外掛を原沢が弾き返し、左小外掛に繋いで大きく崩し、あわやポイントかという場面を作る。2分38秒にも右内股で跳ね上げ、増山は腹ばい。攻勢点は明らかに原沢。増山もはや投げるしか逆転はありえないと特攻、残り30秒に思い切って左背負投に飛び込むが、状況優位の原沢はこれが良く見えている。裏投で返して腹ばいに落とし「待て」、印象点がさらに積み上った格好。増山は最後の勝負とばかりに片手の左背負投も、原沢待ち構えて抱き止め、谷落に切り返す。今度は逃さず背中から畳に埋め、4分53秒「一本」。(当日戦評・eJudo)

古田 準決勝第2試合。原沢久喜選手が増山香補選手を谷落「一本」に仕留めました。5分間、妙味の詰まった試合だったと思います。朝飛先生からお願いします。

朝飛 綺麗に投げる技のあるふたりが、どう戦うか、どう投げるか。信念を持って戦った、非常に格好いい試合でしたね。増山選手は徹底して、相手の右の奥襟に対して自分の左肩と耳をくっつけながら、相手が襟を持つ隙間を失くしながら、首を振って外して、担ぎ技に入っていく。そして技を掛けるわけですが、原沢選手はそれがわかっているのか、後ろに返したり、いなしたり、毎回自分が上になる。掛ければ掛けるほどこういう場面が逆に増えていく。攻めているのは増山選手なのに、ペースはどんどん原沢選手のものになっていくという形で試合が進みました。残り1分を切って、後ろに返されて「有効」に近い印象点を失い、最後は密着して背中に乗せようとしたところを、待ち構えた原沢選手が思い切り返した。以前、グリーン(カラニ海斗)選手を投げたのと似た絵でしたね、膝の上に座らせるような谷落で持っていきました。やるべきことを淡々とやって、相手のいいところを消して、最後は自分の得意な形に持っていった。原沢選手はさすがでした。敗れた増山選手も技の切れ、そして攻めるという魂を見せてくれた試合でしたね。見ている人たちを、本当に楽しませてくれました。素晴らしい準決勝でした。

1分過ぎ、原沢は増山の技を弾き返し、崩すと左小外掛で跨いで投げに出る。

古田 ありがとうございます。上水先生、いかがでしょうか。おそらく控室で香川選手についていた時間ではないかとも思いますが。

上水 リアルタイムでは前半戦は見れず、仰る通り控室のモニターで後半を見ました。増山選手が強引に勝負をかけて、原沢選手が返す様を見て、やはり原沢選手が若干有利だったんだろうなと。「指導」差はあったんですか?

古田 ともに「指導」はなし。ただ、判定になったら確実に3-0という状況でした。増山選手が最後に勝負を掛けなければいけないのは正しい、しかし正しいがゆえに原沢選手がしっかり待ち構えていたという決着でした。上水先生が透かし見た通りの展開でしたよ。

上水 なるほどですね。それで少し、原沢君が削られたところもあったわけですね。。

古田 あ。そうですね。熱戦でしたし、結局ほぼフルタイムやっていることに大きく注目すべきですね。・・・たくさん語った後で恐縮なのですが、西森さん、お願いいたします。

増山片手の左背負投。さらに敢えて空転して右への肩車と技を継ぐが、いずれも遠く、芯を食うことが出来ない。

西森 感じたのは、この10年くらいの原沢選手を支えた、具体的な技として見えるところ以外のところでの武器ですよね。懐の深さであったり、古田さんの語彙を使えば「被せる釣り手」であったり。軽い選手が原沢選手の懐に入ろうとしても、入れない。それこそ田嶋選手のような異次元級の大胆さを持たないと刀傷を浴びせられない。そういう空間を作ってきたわけですけど、それがこの試合でも物凄く威力を発揮したなと思いました。間合いや距離感の作り方が物凄く上手い。増山選手がやろうとしたことはつまり、準々決勝の対佐藤選手戦と同じなわけですが、それが原沢選手相手にはまったく功を奏さない。結果としては待ち構えられて、最後は仕留められた形になってしまいました。ただ、先ほど上水先生からご指摘あった「フルタイム戦った」というところですね。一本勝ちでしたし、試合ぶりを見ていてここでそんなに消耗しているとは正直思わなかったんですけど、決勝は最初のところで足が攣ったような形になってしまった。後から思い返せば、この試合で想像以上に削られていたんだなと。

古田 ありがとうございます。増山選手というキャラが立った強者を相手役に得たことで、原沢選手の側の長所も非常によくあぶり出されたという一番でした。増山選手もあっぱれ。素晴らしい試合でした。・・・西森さんが仰った「よほどの覚悟がないと刀傷すら浴びさせられない」。この時思ったのは、トーナメントが進めば進むほど、原沢選手の凄さが明らかになればなるほど、田嶋剛希選手の価値が上がるなということ。よくぞこの原沢選手とあそこまで打ち合ったものだ、とまたしても思い知られたことでありました。私のノートを読み返すと「田嶋おそるべし」とあります。結果は2回戦敗退なのですが、間違いなく今大会の花形でしたね。

決勝

香川大吾(東京・ALSOK)○優勢[技あり・大内刈]△原沢久喜(推薦・長府工産)

香川大吾○優勢[技あり・大内刈]△原沢久喜
香川の大内刈「技あり」

香川が左、原沢が右組みのケンカ四つ。今大会が1年ぶりの試合の原沢は、残存体力を考えたか早い勝負に出る。釣り手を被せ、引き手で襟を持つと思い切った右内股。ケンケンで投げに出、得点の予感に場内は沸き返る。しかし香川耐え切って「待て」。原沢は脚が攣ったかしばし足を伸ばして、「はじめ」の声を聞く。以降は原沢が独特の「被せる釣り手」で上から、香川が下から横襟を持っての攻め合いが続く。2分過ぎに原沢良いタイミングの右小内刈も香川は支釣込足に切り返して耐え、3分1秒香川が放った「大内・小内」は原沢がたたらを踏んで耐え切る。両者一歩も譲らぬ攻め合い。4分半からの攻防、香川が前に出て奥を持つと、原沢がこの試合初めて自分の形を崩して「つり革組み手」で対応。香川はこの形にもしっかり解あり、左大内刈でにじり寄ってまず捕まえ、作用足を着いて刈り開き決定的な「技あり」を得る。経過時間は4分55秒。原沢はまず両手奥襟、力が掛からぬと見るや釣り手の巻き返し、と様々手を打って接近を繰り返すが香川は釣り手を利かせてブロックし続ける。必死の殿戦、息詰まる攻防。残り1分33秒、原沢の巻き返しを香川が「内股・小内」で叩いた攻防が終息すると、場内は大拍手。最後は原沢の内股を潰した香川が「帯通し」で攻める絵のままタイムアップ。香川は大の字に転がり、手を叩き、やがて立ち上がって感涙。「技あり」優勢で熱戦決着。ここに香川大吾の初優勝成った。(当日戦評・eJudo)

古田 さて決勝です。8分間フルに使った激戦でした。いつもは上水先生に、「どんなアドバイスをされたんですか」とお聞きするのですが、まず先んじて朝飛先生と西森さんにお聞きしたいと思います。朝飛先生、この決勝、どうみましたか。

開始早々の組み合い。原沢の懐の深さが際立つ。

朝飛  香川選手念願の決勝戦。まず最初に組み合った絵を見て。原沢選手の懐の深さと、背中を抱えたり、内側から相手の釣り手を割って背中に手を届かせるあの組み方を見て、香川選手は相当やりにくいだろうなと思いました。展開のなかで色々触れたいことはあるのですが、私は投げた場面の香川選手の度胸がひときわ印象的でした。原沢選手が脇を差して、釣り手「吊り革」で持っていい形になり、香川選手は一回釣り手を外されているんですよね。しかしここでもう1回持ち直して大内刈に行くんですよね。すごい自信でした。原沢選手この場面では「吊り革」で釣り手が良かったこともあってしっかり返しに行っているんですが、香川選手はそれでもなお、ケンケンで追っていく。それも横からではなく前にケンケンしている。よほど自信がないと、原沢選手相手にこの攻め方は出来ない。凄い大内刈でしたね。その後の、準決勝と同じく潰れずにしっかり前に出る姿勢も良かった。原沢選手が上から持って見た目有利に見えたのですが、怖がらずに前に出る強さ、決めに行く度胸の良さ。痺れました。勝者にふさわしい戦いでした。インタビューで、指導する学生に向けて発していたメッセージも、感動しました。。

古田 ありがとうございます。西森さん、いかがでしょうか。どう見立てて試合を見、終わってどう感じられましたか。

西森 香川選手の受けの強さは定評がありますので、まず原沢選手は8分をフルに使った上での判定勝ちをベースに考えて、試合を作って来ると見ていました。逆に香川選手は、リーチで不利な中でどういった手立てでポイントを奪おうとしているのか、どこに勝ち筋を見出すのか、と、ここに注目していました。ただ、いきなりの事件。原沢選手が足を攣らせてしまい、その消耗が明らかになった。

古田 衝撃的なシーンでしたね。。

西森 これは香川選手、かなりチャンスがあるなと思って見ていました。その中で香川選手は、原沢選手の上からの組み手を敢えて受け入れることで、大内刈を掛けられる間合いまで近づいたという印象を受けました。・・・あの場面、香川選手は釣り手を上から持ったんですよね。

古田 そうです。一方の原沢選手は下から、後襟四指の「吊り革グリップ」で応じていた。

西森 香川選手、組み方としては少し重心が浮くはずなので怖い部分もあったと思うんですけど、勇気をもって、敢えてああいう形を作ったことで勝負技の大内刈に繋げましたね。その後も朝飛先生からお話しあった通り、守りに入るわけではなく、最後まで前に出るペースを崩さずに試合を進めていったことが勝利に繋がった。勝ち上がり全体、1日通じて、緩めることなく前に出る姿勢を持ち続け、攻め続けた香川選手の優勝は妥当だったなと思いました。

古田 ありがとうございます。選手の側のコメントとしては、まず原沢選手。2回戦の田嶋選手の試合ではコンスタントに5分間力を出し続けることを考えたが、この決勝はもう体力が残っていないので、逆に早い勝負を狙った、ということでした。しかし足が攣ってしまったと。香川選手の方も談話がありますが、これはまず上水先生に作戦やアドバイス、評価などをお聞きした上で紹介したほうが楽しいと思いますので、ここで襷を渡したいと思います。上水先生、お願いします。

上水 どこからお話すればいいか。過去、決勝に進んだ選手にも、必要と思うときには必ず一言アドバイスをしてきました。香川選手に関しても初めての決勝戦ということで、準決勝が終わって控室に戻るときに、少し話をしました。まず決勝戦は誰もが興奮する場ですから、いきなりギアが入ってしまう可能性がある。これは少し危険です。決勝は8分間ありますから、香川選手にはまず、この8分を2つに分けて組み立てようという話をしました。そして前半の4分で山場を1回、後半の4分で山場を2回、この3回の山場で勝負だぞと。例えば「絶対に最初から最後まで攻め抜こう」という作戦は、8分間ではちょっと難しい。現実的ではない。そして8分間の中で流れが来るときと来ないときがあるから、来ないときは守り、来た時に攻める。その攻める山場をまず前半に1回作ろう、これがないと「指導」を貰ったりする可能性があるので、前半の山場1回がまず必須。そして後半は勝負しないといけないから、4分間で2回山場を作ろう、と。こういう考え方ですね。そして香川選手は後半の1回目の山場で大内刈に打って出ているんですよね。

古田 あ。まさに。あの「技あり」は試合時間4分半からの攻防でしたね!

開始早々、原沢は激しくケンケン内股で激しく追い、さらに大内刈に連絡して投げに掛かる。
「待て」が掛かると足が攣っている。衝撃的な絵だった。

上水 原沢選手のコンディションについて。準決勝が終わった時点では、私もそれほど消耗しているとは見ていなかったんです。ただ、彼、控室に帰ってこなかったんですよね。入場口近くで休んでいた。で、試合が近くなったところで、原沢選手がトレーナーと付き人に足を伸ばしてもらっていたんですよね。攣ったような症状が、その時既に見て取れた。これはもしかすると原沢選手も相当消耗しているな、それだったらチャンスもあるかな、と思いました。そして、試合の最初の入りで、原沢選手が勝負をかけて、結構無理にガッと投げに来ましたよね。そして1回、攣らせてしまった。あれを見て、香川選手の方は「いけるのではないか」という精神状態になって、かなり落ち着けたのではないかと感じました。

古田 「4分2セット」の作戦を遂行出来るお膳立てが、精神的にも整ったと。

香川の得点直前の攻防。原沢の「吊り革グリップ」からの腰の差し合いに重心を浮かされ、いったんは釣り手を離している。

上水 あとは勝負に行った場面の大内刈。朝飛先生が仰ったように、ガブっと上から持って、原沢選手が下から差していて、で、腰の差し合いをやったときに1回離しているんですよね。空中でポンと浮いたときに、1回離して、また持って、そしてその後に大内刈に行っている。正直、よくあの状況で勝負に行ったなと思うのですが、こちらが感じた危うさとは裏腹に、香川選手は自信があったそうです。あの沈み込みの大内刈が得意なことはこちらもわかっているのですが、一方で原沢選手の腰の強さも十分知っている。ただ、香川選手の側は確信があった、と。この勝負勘はさすがだなと思いました。そして取った後ですね。原沢選手が距離を詰めようとしても、下からの釣り手をうまく使って、位置を修正して、冷静に自分の距離を作っていた。この戦いをやっていけば最後まで行けるだろうと割合に早い段階で思えましたね。ただ、最後まで怖かったのは、原沢選手の小内刈ですね。内股で投げられることはおそらくないと思うのですが、あの小内刈にスパンと嵌められる怖さは、最後まであった。ただ、彼は一切気を抜かず、そして逃げることなく、最後まで勝負を全うしましたね。立派でした。

香川大吾○優勢[技あり・大内刈]△原沢久喜
ついに頂点、思わず天を仰ぐ香川

古田 またしても教え子さんから、新たな全日本選手権者が誕生しました。香川選手は高校生の時に初出場、11年目でついに頂点。しかも、太田選手、中野選手、原沢選手と3人の選手権者を倒して堂々の戴冠です。

上水 コツコツやることが大事なんだな、と、改めて、実感を持って学ばされました。学生にとっても非常に勇気を貰える試合だったのではないかと思います。

古田 東海大でも春から助監督。優勝インタビューで敢えてと最後に時間を貰って話した「僕に続いてこの日本武道館で日本一になってください」という学生へのメッセージも感動的でしたね。

学生たちの手で宙を舞う香川

古田 決勝の冒頭で取り置いた香川選手の談話、すこし紹介します。決勝に関しては、まずまさに上水先生の「8分間を2つに分けてそれぞれ山場を作る」ことが戦略のベースであったこと、前半の終わり際に原沢選手の気が緩む時間があり、そこをうまく突けたということを語っていました。キャリアの節目で蓋をされて来た原沢選手からの初勝利、先に脚光を浴びた太田選手への思いなども語られましたが、私は香川選手が「全日本っ子」であったことがツボでした。お父さんが山下泰裕選手の大ファンで、小さい頃から、全日本選手権のTV録画を何度も見せられて育ってきたと。憧れの舞台で賜杯を抱く香川選手の姿が一層輝いて、神々しく見えました。強くなる選手には感性の高さが大事と常々思っているのですが、香川選手もまた感性の高い、そしてこれも必須の、自分に物語を見出せる人だったのだなあと。やはり、勝つ人には我々を納得させるものがあります。そして「全日本」という場が正当に、“勝つ人”のフィルタとして機能していることにも頼もしさを覚えました。・・・さて、これで決勝まで全46試合のレビューが終わりました。そしてここからが真の「振り返り」。次は総括編ということで、「MIP」「ベストバウト」、そして「全日本を考える」というテーマでもうしばらくお付き合いいただきます。最後の項では、“ルール”、“無差別”、“演出”、“武道”、“オンリーワンの価値”など、さまざま語っていただければと思います。

(⑧総括編につづく)

初優勝の香川大吾

スポンサーリンク