
令和7年全日本柔道選手権大会の開幕が、いよいよあと数日と迫った。現行の競技サイクルではもっとも全日本が盛り上がりやすい「オリンピック翌年」に当たる今年度大会には、期待通りに阿部一二三や橋本壮市、永山竜樹にウルフアロンと体重別で世界の一線に立つ五輪戦士たちがずらり参加。優勝争いの本筋を担う重量級選手も、2連覇を狙う中野寛太に雌伏1年久々畳に立つ原沢久喜、今季立て続けに成績を残している太田彪雅と主役級がずらり名を連ねた。そして何より、体重無差別という全日本最大の特色に適った「足取り」がついに解禁。チケットは凄まじい売れ行きと聞くが、ここまで条件が揃えば一種当然であろう。これで面白くならないわけがない。間違いなく競技史上に残る豪華回だ。
eJudoでは本番を前に、今年も恒例の「予想座談会」を実施。今回も1回戦から決勝まで全試合の結果を大胆に予想し、みどころを語り合った。読み終わればすべての選手に感情移入、一段も二段も深く全日本を楽しめること請け合いである。勝ち負けの「外れ」は織り込み済み。全日本を楽しみ尽くすガイドとして存分にお楽しみ頂きたい。
※座談会は4月16日にオンラインで開催されました。
令和7年大会を占う
古田 今年も恒例の全日本柔道選手権・予想座談会を開催いたします。皆さま、宜しくお願いいたします。
朝飛 垣田 西森 よろしくお願いします。
古田 読者の皆さんは既によくご存じと思いますが、参加されるお三方を簡単に紹介させて頂きます。

古田 朝飛大先生は日本を代表する指導者で、全日本選手権にも多くの選手を送り込まれています。教え子の羽賀龍之介選手は令和2年大会で優勝、令和3年大会で準優勝、そして令和5年大会でも決勝に進んだ「令和の全日本」を牽引してきた選手です。そしてご自身、さらにお父様の朝飛速夫氏もかつてこの大会に出場しており、ひときわ「全日本」に縁の濃いかたでもあります。一昨年までは私と一緒に全日本柔道連盟のLIVE中継・場内解説の解説者を務めてもおられました。
朝飛 今回も宜しくお願いいたします。
古田 羽賀さんからは「楽しみにしています」との言葉とともに、「朝飛先生は一晩喋りますよ。うまく捌かないと」とのアドバイスが届いています。
朝飛 今回も、いつまででも大丈夫です!一晩中でも語り合いたいです。
古田 ありがとうございます。私も、どこまでもお付き合いさせて頂きます(笑)。

NHK報道局スポーツセンターチーフ・プロデューサー
業界では希代の柔道マニアとして名高い。「NHKスペシャル 日本柔道を救った男~石井慧 金メダルへの執念」、「アスリートの魂 どんなときも真っ向勝負 柔道 大野将平」などを制作。2016年から全日本柔道連盟広報委員も務める。
古田 続きまして、西森大さん。NHKで長年取材の最前線で活躍して来られて、もっかは全日本柔道連盟の広報委員としても活動。今年は講道館の寒稽古に皆勤されるなど、ご自身も柔道家でいらっしゃいます。近年の全日本選手権では公式プログラムの「全日本選手権を彩った名選手たち」のコーナーを担当、往年の名選手たちの全日本選手権にかける思いをインタビューされています。朝飛先生同様、私など足元にも及ばぬ柔道マニアであり、私が日々の取材・執筆活動で非常に頼りにさせて頂いているまさに「識者」です。
西森 宜しくお願いいたします。
古田 日頃より、超激務・超過密のスケジュールを伝え聞いております。そんな中、今回も時間を割いて下さりまことに恐縮です。宜しくお願いいたします。

古田 そして昨年、一昨年に引き続き、垣田恭兵さんにご参加いただきます。垣田さん、宜しくお願いします。
垣田 宜しくお願いします。
古田 垣田さんは旭化成所属。平成25(2013)年大会、25歳での初出場を皮切りにこの大会に9度出場し、平成25年大会と令和3(2021)年大会ではみごとベスト4まで勝ち進んでいる、全日本のまさに名役者です。史上に特筆さるるべき業師であり、勝負師であり、戦略家でした。今回出場する選手にも、実際に組み合って力を測った選手が多いということで、選手目線での血の通った解説にも大いに期待したいと思います。…垣田さん、昨年度から社業が非常に忙しいとお聞きしています。
垣田 まだまだ修行中ですが、大阪を拠点に、営業として頑張っています。
古田 柔道や、趣味の釣りをされる時間がなかなかないのでは?
垣田 柔道衣は時々着るくらいですが、取引先の方々が意外に柔道を見て下さっており、初見の方とのコミュニケーションがスムーズ。オリンピックの時も永瀬が頑張ってくれましたのでアイスブレイクはかなりうまくいきました。あれはどういう判定だったの?など質問してもらったり、頑張っておいて良かったなと思っています(笑)。釣りは、むしろ柔道以上に、かなり役立っていますね。釣りが趣味のビジネスマンも非常に多く、上司からは「お前はゴルフじゃなくて釣りで行け」と仕事のやり方も自分のスタイルを作りなさいと言われています。
古田 まんま、「釣りバカ日誌」じゃないですか(笑)!
垣田 あまり言っていいのかどうかわかりませんが、非常に似ていますよ(笑)。海外出張でも現地ではゴルフではなく釣りの方で、自分らしい良いコミュニケーションが取れそうです。でもフランスで商談した際は柔道の話題で盛り上がりました。さすがフランスです!
古田 仕事で成功する人は「凝り性」の方が多いと思いますから、釣りは志向性としてマッチするんでしょうね。これ、柔道とも似ているなと常々思っています。・・・・失礼しました。いきなり脱線してしまいました。というわけで、お三方とも、柔道史・技術に造詣の深いマニアであることはもちろん、なによりひときわ「全日本選手権」という価値に感度高い方々、今年はひときわ語りがいのある大会ではないかと思います。期待しております。例によって私はなるべくなるべく司会に徹して、皆さんの話を引き出す役割という体で進めてまいりたいと思います。

■令和7年大会の「みどころ」

古田 まずは「令和7年大会のみどころ」というテーマで、順番に一言ずつお話を聞いていきたいと思います。今回は西森さんからお願いします。
西森 論点の多い全日本選手権になると思います。やはり最大の変化は、いわゆる「足取り」が復活したこと。帯から下への直接的な攻撃防御が可能になったことが、全日本選手権の風景を再び変えてくれるのではという予感がしております。全日本選手権で決まった「足取り」技の名場面、例えば昭和51年大会決勝で遠藤純男さんが上口孝文さんに決めた掬投、平成8年大会決勝で小川直也さんが三谷浩一郎さんを投げた掬投、平成21年大会準々決勝で斉藤制剛さんが棟田康幸さんを豪快に持ち上げた肩車などが、すぐに思い浮かびます。この十数年柔道競技で見られなかった「足を持つ」技術が、全日本選手権でも大きな決まり技として存在感を示した時代があったわけです。それが戻って来るということで素直にワクワクする気持ちです。他にもオリンピック世界選手権チャンピオンの参戦であったりとか、メンバーがかなり入れ替わったりということも、今大会の興味深いところだと思います 。

(C)近代柔道、ベースボールマガジン社
古田 ありがとうございます。こうして挙げて頂くと、全日本柔道選手権史を彩った大技、その中で「足を持つ」技術体系がフラットに、優勢な一勢力であったことがよくわかりますね。この座談会、そして「振り返り座談会」の場で、西森さんたちと常々訴えていた「講道館柔道の技術体系がもっとも表現しやすい」という全日本選手権ルールのあるべき姿に、一歩大きく近づいたかなと思います。そして「メンバーの入れ替え」、これは結構大事なトピックですね。お三方の話をまず聞いた上で、この項のまとめとしてもう1度お話しして頂きましょうか。続いて、朝飛先生お願いします。
朝飛 ルールに関してはまさにいまおっしゃられた通り。非常に楽しみです。加えて今年はメンバーの豪華さですね。斉藤立選手こそ怪我で欠場していますが、ウルフアロン選手、橋本壮市選手、阿部一二三選手、永山竜樹選手とオリンピック代表選手が4人。そして田嶋剛希選手に田中龍馬選手と、世界選手権の金メダリストが2人。さらに、昨年度この大会のベスト4選手が全員顔を揃えました。非常にレベルの高い大会です。そしてこのメンバーにプラスして、「今年こそは」と思っている選手が揃い、出場選手全員にチャンスがある面白い大会になると思います。
古田 ありがとうございます。既にお二人がかなり話されておりますが、垣田さんが注目されているポイントは?
垣田 私も、西森さんがおっしゃられた通り「足取り」が非常に大きいと思います。
古田 垣田さんは選手としても「足取り」の経験がある世代ですね。
垣田 全日本に関しても、初めて出た2013(平成25)年大会ですかね。足を触っても大丈夫だったという記憶があります。…「足取り」復活。やはり世界を目指している選手と、全日本をターゲットにしている選手とでは、このルールに対する取り組み方が少し違ってくるのかなと思います。これは意識しておきたいポイントですね。軽量級の選手はやることが増えますし、逆に大きい選手が軽量級に対してどういうやり方をするのか。皆「足取り」に関しては自分なりの付き合い方をしっかり練って来ると思うんですけど、そのアプローチのありよう、違いも面白いポイントとして注目しています。
古田 ありがとうございます。それでは、スターが多すぎる大会で大変かとは思うのですが、「この選手に注目」「この選手を推したい」という観点で、今年もお三方にそれぞれ「注目選手」を挙げて頂きたいと思います。順番を先ほどと入れ替えまして、垣田さんからお願いしてもよろしいでしょうか。
令和7年大会の「注目選手」

垣田 トーナメントの左側、右側からそれぞれ。左側は中野寛太選手が一番上にいて、同サイドの下側に太田彪雅選手が入っています。まずはこの2人に非常に注目しています。2人ともこの大会対する思いが非常に強い、「全日本を獲りたい」という気持ちが強い選手。特に中野選手は2連覇という大きな目標があります。右側の山は、最上段に原沢久喜選手がおりますが、私としてはそのすぐ下に置かれた田嶋剛希選手に非常に注目しています。個人的にも連絡を取ることがあるのですが、世界チャンピオンになり、もちろん6月のハンガリー世界選手権では2連覇が掛かるわけですけど、話している中では、全日本への「この大会に掛ける」との意気込みを物凄く感じます。技術も非常に考えて作り込んでくる選手ですので、このルールでどんな柔道を見せてくれるのか、また前とは少し違った技術・戦い方を見せてくれるのではないかと、非常に期待しています。私からはこの3名を挙げさせて頂きます。


古田 ありがとうございます。中野選手、太田選手、そして田嶋選手と3名を挙げて頂きました。田嶋選手は垣田さんのような「全日本男」に羽化する資質十分と見ていますが、この2人のホットラインはファンにとってはなかなか「胸熱」ですね。垣田さん、特に田嶋選手に関しては、各カードについて語る項でぜひもう一段深く読みを聞かせてくださればと思います。それでは、朝飛先生の方からも、「注目選手」をお願いいたします。
朝飛 いっぱいいるわけですけれども、そして早い段階でこれぞという選手が当たる山がたくさんあって目が離せません。私は、まだ優勝したことがない実力者・香川大吾選手がどこまでやるのかに、まず注目しています。

古田 おー!さきほどお話しされていた、「今年こそは」という実力者の枠からですね。なるほど、力もあり、技術も高く、戦略性も確か。
朝飛 はい。見ていて本当に面白い選手です。
古田 考えて試合をするので、それぞれのシークエンスでやりたいことが明確。レポートが「物語」として書きやすい選手です。
朝飛 わかります。そしてもっと上位に進んでいいはず、それだけの力がある選手です。
古田 はい。この全日本選手権に限っても、あの場面であと少し、この場面でもう一息と、分かれ目になったシーンがたくさん思い浮かびます。本当に小さな勝負の綾で、既に大ブレイクしてもおかしくなかった。
朝飛 そしてもう1人。やはり、垣田さんも挙げられていた田嶋剛希選手ですね。一昨年大会の3位入賞がありますが、今年もスタミナあり、バリバリ掛け捲る柔道で日本武道館を沸かせて欲しいと思います。
古田 ありがとうございます。田嶋選手はこのルールに嵌りそうな柔道、性格、そして先日の選抜体重別を獲った勢いもあり、やはり識者たちにも人気がありますね。ファンもきっと同じ思いではないでしょうか。では、西森さんからもお願いいたします 。

西森 はい。まず、上位を狙う選手で言うと、佐藤和哉選手に注目したいと思います。激戦区東京を制して、今年もしっかり本戦に勝ち上がってきました。高校2年生で予選を勝ち抜いて話題を攫った彼も、いまや30歳。もともとこの大会に掛ける思いが非常に強い選手ですが、今回はその思いひとしおと思います。昨年は3回戦で優勝候補の羽賀龍之介選手に勝利も、惜しくも準々決勝で敗退しています。どういう戦いを見せてくれるか、注目したいと思います。
古田 大会に掛ける思い。まさに東京選手権優勝時に話を聞いたところ「一番欲しいタイトル、ずっと全日本の優勝を目指してやってきている」とコメントしていました。選手生命に関わるような大けがを乗り越えて、ひときわ「全日本」への思いが強くなっているようにも感じます。業師であり、「一撃」はまさに世界クラス。楽しみですね。

西森 あとは、優勝とは違うモチベーションかもしれませんが、出来る準備をしっかりして、この全日本の舞台で輝こうとしている選手に注目したいと思います。まず1人は、古田伸悟選手(近畿・育英高校教員)。高校の教員という立場になって練習量もかなり減ってはいると思うのですが、兵庫県・近畿地区という激戦区を勝ち抜いて3度目の出場の栄を得ました。予選の様子を仄聞するに、巴投を随分と作って来た模様です。
古田 私は穴井隆将さんにお願いしたレポート記事と、現地に派遣したカメラマンの写真で見たのみですが、この点やはりちょっと驚きました。
西森 そうなんです。かつて全日本選手権に出た時は、「足技の切れる選手」というイメージが非常に強かった。そこからスタイルを変えて臨む全日本選手権。どんな柔道を見せてくれるか注目です。
古田 全日本は豊かですよね。仰る通り、頂点取りとは違う文脈で、私たちが活躍に心躍らせる注目選手が一杯います。西森さん、もう1人挙げて頂けますか?

西森 もちろんです。昨年日本武道館を沸かせた、山形の佐藤佑治郎選手。
朝飛 出ましたね!
西森 今回初戦で66kg級の阿部一二三選手と当たってしまったのは、対大型選手に冴えを見せてくれた佐藤選手のスタイル的には「勿体ない」というという気持ちが凄く強いのですが、彼もかなり阿部選手を意識して対策してくるでしょうから、どんな柔道を見せてくれるのか、非常に期待しています。
古田 ありがとうございます。…この「早い段階で組み合わせが出る」という日本のやり方、「対策」を楽しむということでは非常に良いですよね。私は、講道館杯や全日本選抜体重別選手権など世界選手権につながる大会は、本番と同じようにギリギリで組み合わせを出すべきではないかと思っているのですが。
垣田 世界選手権の抽選は大会前日ですからね。勝ち抜くためには戦い方に、より「幅」が必要になってきます。
古田 はい。学柔連の指導者たちが主導する「WCT」ではこの点意識して直前抽選を採用しましたね。組み合わせ事前発表はファンにとってはありがたいですし、強化的にも「対策されても勝ち抜く選手」を育てるという観点ではいいのかもしれないですけど、世界選手権の代表として「対策が上手い選手」を抽出するフィルタと考えると、果たしてこれは予選としてふさわしいのか、という思いは少しあります。1か月、1人だけを目指して準備が出来たりするわけですから。このトピック、こないだ羽賀龍之介さんと話したときに「選抜の1回戦で、得意技なんか掛かるわけがない」と笑って話してくださいましたけど、まさにその通りですよね。日本の選手は、これ1人、と定めたときの対策力や作戦遂行能力は物凄いですから。
西森 逆にそれが楽しめるステージであると。
古田 そういうことですね。まさに今回はこの点が最大の魅力に転嫁しています。世界最強の、しかし軽量の選手に地方の実力者がいかなる手立てで臨むのか。もう本当に楽しみです。すみません。さっそく脱線してしまいました。…最後に西森さん、この項の締めとして、のっけに仰っていた「選手の入れ替わる大会」について少し、お願いします。
西森 はい。この数年全日本選手権の舞台を支えてくれていた羽賀龍之介選手であったり小川雄勢選手であったり、また、前田宗哉選手、小原拳哉選手、一色勇輝選手といった中核メンバーが、引退したり予選で敗れたりということで、だいぶ本大会の陣容が変わりました。そんな中で、これまで実績がある人以外でも、新たに日本武道館を沸かせる選手が出て来てくれることに期待したいと思います。
古田 ありがとうございます。全日本選手権はやはり5,6年くらいのスパンで、この時代の全日本という「色」が出来上がります。特に、「コロナからここまで」の全日本のカラーを作って来た選手たちが、今回確かにかなり入れ替わっています。新たな全日本選手権の時代が始まるぞ、というような、そういう選手、出て来て欲しいですね。
朝飛 ワクワクしますね。個人的にこの人では、と期待できる選手がたくさんいますよ。
古田 それでは、さっそく1回戦の第1試合から語って参りましょう。

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