※座談会は12月10日(金)に行われました。
古田 今年も恒例のeJudo版「全日本柔道選手権予想座談会」を開催いたします。今年もお馴染みのメンバーにお集まりいただきました。皆さま、よろしくお願い致します。
朝飛・林・西森 よろしくお願いします。
古田 読者の皆様にはもう必要ないかもしれませんが、あらためてメンバーを簡単に紹介させて頂きます。朝飛先生は日本を代表する柔道指導者で、全日本選手権にも多くの選手を送り込んでいます。昨年度大会では教え子の羽賀龍之介選手が見事優勝、そしてご自身、さらにお父様の朝飛速夫氏もかつてこの大会に出場しており、ひときわ「全日本」に縁の濃いかたです。林毅さんはもと「近代柔道」誌責任編集者で、全日本選手権のプログラムを20年以上にわたって、もちろん今年度大会も編集に携わっておられます。読者の皆様はご存じのことと思いますが、全日本選手権のプログラムは他の大会とは一線を画する濃い「読み物」。私も毎大会、会場について試合が始まるまでのひと時、これを読むのをとても楽しみにしています。林さんは出場選手のインタビューも直接手掛けていらっしゃいますので、ぜひそこで得た情報もご披露くださればと思います。西森大さんはNHKで長年取材の最前線で活躍して来られて、ご自身も実業団チームの監督兼選手という柔道家でいらっしゃいます。皆さん私が足元にも及ばぬ柔道マニアであり、全日本柔道選手権という価値体系に感応する高い感性をお持ちの方々。今年も、頼りにしております。私は例によってなるべく発言を控えて、進行に徹させて頂きます。
西森 今回はアーカイブのコーナーは、ないのですね(笑)。
古田 申し訳ありません。これまで平成30年大会座談会の「それぞれの全日本選手権」、平成31年大会の「平成の名勝負」、令和2年大会の「私のベスト一本」とやってきて、私も物凄く楽しみなところではあるのですが、コロナ明けであまりにも大会が過密。編集が限界です(笑)。またいつか、出来れば次回、面白い宿題を考えさせて頂きます。
西森 了解しました!
古田 さて、例によって1回戦から1試合づつ、選手を紹介しつつ、試合の様相を予想しつつ、接戦予想であっても便宜上必ず勝敗を決めるという形で決勝まで進めさせて頂きたいと思います。
林 それがなかなか、きついんですよね。どちらが勝ってもおかしくない、どちらにも勝たせたいという試合が非常に多い(笑)。
古田 そこは、勝敗自体よりも試合の旨味、みどころを提供するのが役割ということで、割り切ってお話頂ければと思います。読者に「いや、それは違うでしょう」と議論してもらう、その材料を提供すること自体が仕事ということで。
西森 この大会の予想に、選手が奮起したというケースもありますね。
林 昨年優勝した羽賀選手が、まさにそうでした。
古田 はい。試合が終わるなり、優勝杯を持ったまま声を掛けてくださいました(笑)。今年も良い意味で皆さんの予想を裏切る、熱戦に期待したいと思います。
[参考]令和3年全日本柔道選手権組み合わせ(全日本柔道連盟ウェブサイト)
令和3年全日本柔道選手権にかける期待
古田 コロナ禍の影響で昨年に引き続き、2度目の12月、講道館開催となる全日本選手権。皆さん語りたいことはたくさんあると思いますが、まずは全日本選手権にかける期待、見どころということで順番にひとことずつ頂ければと思います。まず朝飛先生のほうからお話し頂いてもよろしいでしょうか。
朝飛 はい。夏の東京オリンピックに出場した選手が今回は出場しませんでした。まず体をしっかりケアしてほしいです。推薦制度の適用は来年度大会になりますが、それ以前にやはり時間的にちょっと難しかったのかなと思います。その中で、やはり昨年優勝した羽賀龍之介選手、それから準優勝の太田彪雅選手と3位入賞の石内裕貴選手の3人にまず注目したいと思います。昨年は世界選手権、そしてオリンピックのメンバーが何人か出ているにも関わらず、羽賀選手と太田選手が勝ち抜いて決勝を争った。石内選手もベスト4入り。今年は世界大会の代表以外の選手にとっては試合が少ない年でしたが、この国内で頑張っている3人が今年もここにピークを持ってきているのかどうかということがまず楽しみです。それからやはり斉藤立選手ですね。良い時と悪い時にまだ差がありますが、持っているものをしっかり表現出来れば、上に上がってきてもおかしくないんじゃないかなと思うような選手です。彼がどこまで戦えるかは非常に楽しみです(※註:12/17に欠場を表明)。また、ベテランの王子谷剛志選手と七戸龍選手、・・・この2人は早い段階で当たってしまうのですが・・・、そして垣田恭兵選手がどこまで上位に食い込んで来るかも楽しみにしています。
古田 ありがとうございます。令和3年全日本選手権にかける期待、林さんはどうでしょうか。
林 トーナメントを俯瞰してまず「面白いな、今年も」というのが第一の感想ですね。これから1試合ごとに見ていくので細かいことは後に譲りますが、今年も全日本の凄さが堪能できる1日になるのではないかと思います。「全日本の凄さ」というところでは、昨年から講道館開催になったわけですが、先日羽賀選手にインタビューした中で、「講道館、無観客」という新たな磁場、観客がいる試合との戦い方の違いみたいなものも感じたと話していました。
古田 日本武道館のように観客の熱狂や感情に動かされて試合が動くことが少なく、選手も審判も常とは気持ちの持ちようが違ってくるなとは思いました。観客がいれば「一本」というような技が、冷静に、基準通りに「技有」になったりということもありましたね。
林 前回を踏まえて、皆無観客であることも意識して戦ってくると思うので、またこれまでとは違う全日本の戦い方、違う展開が起こるのではないかと思っています。見どころとしてはまず、影浦心選手、太田彪雅選手と昨年直接対決で敗れた選手が「羽賀越え」を出来るかどうかということ。影浦選手には先日話を聞いたのですが、かなりの意気込みを感じました。また、トーナメントの中では、ABCDとブロックを分けるとしたらDブロックがかなりの激戦、壮絶な潰し合いです。王子谷選手と七戸選手など、数年前であれば決勝で見られるようなカードが2回戦で実現してしまう。まさに全日本の醍醐味ですね。あとはこれも朝飛先生と同じですが、斉藤立選手。ケガをしてしまったようで出られるかどうか不安なところもありますけど(註:12/17に欠場を表明)。将来、日本を背負って立つ強さを感じさせる選手ですので、その片鱗を見せてほしい。優勝できるのだったら、一気にしてほしいというような期待を持っております。
古田 ありがとうございます。西森さん、いかがでしょうか。
西森 私は今大会、ふたつの点に注目しています。ひとつはすでにもう3年を切ったパリオリンピックに向けて、主役になるのは誰かという点ですね。特に重いクラス。鈴木桂治新監督も重量級の再建をテーマとして挙げていますが、なかなか突き抜けてくる選手がいない。影浦選手は世界チャンピオンになりましたけど、この大会ではまだ3位にも入れていないんですね。さきほど朝飛先生からもお話あった通り、太田選手、斉藤立選手もあわせて、強いな、と感じさせる時がある一方で意外とあっさり負ける時もある。内容にも成績にもまだムラがあります。そういった選手の中から誰が抜け出すのか、飛躍する選手が現れるのか。ここに期待したいと思います。当然ながらそれに対して2連覇を狙う羽賀選手が「簡単にはいかないぞ」と立ちはだかってくるでしょうから、そこでどんな試合が繰り広げられるのか非常に楽しみです。もうひとつ。去年はウェブで全日本選手権が全世界に発信されて、海外の選手やファンがツイッターなどで、例えば石原隆佑選手が王子谷選手を投げた体落をアップしたりして非常に盛り上がっていました。この大会は日本柔道、講道館柔道のショウウインドウという位置づけになるでしょうから、体重無差別で戦う大会の面白さ、醍醐味を世界中に見せてくれるような、そういう試合を期待したいと思います。
古田 ありがとうございます。
今年度大会の注目選手
古田 すでに選手の名前もかなり挙がっておりますが、「注目選手」ということであらためてお話を頂ければと思います。こちらも朝飛先生のほうからお願いしてもよろしいでしょうか。
朝飛 羽賀選手、影浦選手、太田選手、石内選手については先ほど挙げさせて頂きましたので、違う選手を挙げたいと思います。昨年はこの舞台で、小さいものが大きいものを取るという柔道の本当の面白さを佐々木健志選手が表現してくれました。今年はその意味で、垣田恭兵選手に期待しています。大型の原沢久喜選手を投げるかと思えば(※平成25年大会準決勝、内股透「技有」)、小さい相手、たとえば吉永慎也選手を背負投で投げる(※平成28年大会1回戦、背負投「一本」)。毎年本当に全日本らしい、面白い試合を見せてくれます。今年も非常に期待しています。もう1人、先ほど斉藤立選手の名前を出しましたので、同門・同学年の髙橋翼選手を挙げておきたい。1回勝てれば石内選手、相四つなので得意の「抱き勝負」は仕掛けにくいかもしれませんが、それでも何かやってくれるのではないかと期待しています。
古田 垣田選手と高橋選手の名前を挙げて頂きました。ありがとうございます。・・・垣田選手は僕も大好きな選手ですけど、なんというか、生き物としての「男」としての魅力がいっぱいですよね。西森さんとときどき語ったりしているのですが。
西森 彼はインスタグラムをやっているのですが、端的に言うと「釣り」ですね。海釣りはする、ウナギは獲る、延岡の自然を満喫している様子が写真から伺えます。
古田 天然のウナギを釣って捌いた写真をアップしていたのですが、その少し前には王子谷選手と稽古でがっぷり組み合っている様子もあがっているんですよね。稽古にあっては体重145キロの全日本王者とがっぷり組み合い、終われば手づから天然のウナギを獲る。そんな男が世の中に何人いるのか。「男としての価値」を生々しく感じます。
西森 しかも料理も上手いのですよ。最近、ブリしゃぶをやったようなのですけど、盛り付けも本当に美しい。延岡の環境をフルに楽しみながら自分を鍛えていることが、息の長い柔道キャリアのベースになっているんじゃないかと思います。…写真はこれです。獲って、捌いて、盛り付けて、すべて自分でやっているそうです。
林 見事!
朝飛 おお~! すごい!・・・柔道を強くなるためには、魚をさばけたほうがいいのかもしれないですね。
林 ウルフアロン選手もそうですね(笑)。
古田 宮崎のお隣、薩摩は示現流の開祖・東郷重位は凄まじい修行の一方でそれこそ鰻に鯛と漁り(すなどり)を嗜む人であったと、津本陽さんが造型して描写しています。それを思い出します。人の、生き物としての強さを描写するに、こういう肉付けが嵌るということだと思うんですよね。まさに自然から力を得ている感じです。男としての魅力いっぱいのこの選手が全日本で今年もどんな活躍をしてくれるか、とても楽しみです。高橋選手については、本編で濃く触れていただきましょう。…林さんはいがかですか?
林 今のお話に少し関連する部分かなと思うので、まずこちらから先に。今回、全日本選手権プログラムの「全日本選手権を彩った名選手たち」の枠で前野秀秋(現・旭化成柔道部部長)さんに話をお聞きしたんです。もともと宮崎出身ですが、前野さんも天理大を卒業されて旭化成に入って延岡に行かれた。それで「なぜ、旭化成の選手は延岡に行ってから強くなるのですか」と聞いてみたんです。ひとつはやはり生活のリズムが整うので、水が合えば伸びる選手がいるのではないかとのこと。大学時代やその後、大学に残って練習していた頃とは生活が変わる。決まった時間に起きて、仕事をして、稽古をして、休む。このリズムがしっかりした柔道を作ると。もう1つは、前野さんが監督をされていた頃に、世界選手権やオリンピックを狙うところにはいない選手たちに「全日本を狙え」と濃く指導していたそうなんです。全日本選手権に出ることで柔道家として認められる、ここを目指しなさいと。そこで無差別の全日本を目標に掲げてやっていく人たちがどんどん強くなっていく。高井洋平選手も、強化選手を辞退して延岡に行ってから全日本選手権3位になったりしていますね。もちろん、さきほどお話されていた宮崎の自然が持つ力ということもあるでしょうし。・・・すみません、余談になりました。
古田 いえいえ。旭化成に、全日本選手権の価値に感応する文化、感度の高い選手を育てる気風があるのだなと非常に腑に落ちました。面白いお話でした。そして、林さんの注目される選手は?この文脈だとやはり垣田選手ですか?
林 2人います。まず同じ旭化成から、石内裕貴選手を挙げさせて頂きます。これには理由がありまして。実は僕は当初石内選手を物凄く高く買っているというわけではなかったのですが、今回全日本選手権プログラムを作る過程で色々な選手に話を聞いたところ、とにかく彼らの間で石内選手の評価が高いんです。影浦選手、太田選手、斉藤立選手、みな口を揃えて怖い存在だと言っています。斉藤選手が彼を評するに、とにかく組み手が上手い、最初の頃は全然組ませてもらえなくて、本当に投げられてばかりでまったくかなわなかったと。何度も何度もお願いしてやってもらって「ようやく少しは組めるようにはなりました」という言い方をしていました。影浦選手に至っては「今でも勝てるかどうかわかりません」と。まあ、そういう言い方をするときは自信があるときだ、という考え方もありますけれども、トップ選手がことごとくこれだけ高く評価しているわけです。怖い存在だと思います。優勝するイメージがあるかというと正直そこまでではないのですが、今回も大会の中心に座る選手だと思います。そしてもう1人は僕の好きな選手で、またもや熊代佑輔選手なのですけど(笑)。これは逆に、熊代選手に石内選手のことを聞いたら、「いや、僕は全然気にしません」って言っていたので。
西森・古田 (笑)。
林 「僕は自分の組み手がそもそもむちゃくちゃなので、石内選手の組み手は全然気にならないですね」と。これだけトップ選手全員が警戒する中で、こう言える選手は面白い。環境が変わって(※本年度から国際武道大教員)、どんな練習が出来ているのかわからないですけども、トップ選手集う東海大から国際武道大に拠点を移してどう柔道が変わったか、それ自体が凄く楽しみです。延岡に行って伸びる選手もいるように、もしかしたら勝浦に行ってさらに強くなっているのではないか、この可能性をすこし信じたいところがあるんですね。…もしかしたら魚もさばいてるかもしれない。
一同 (笑)。
西森 勝浦だから、カツオ釣っているかもしれないですね(笑)。
古田 熊代選手、12月の前半は公認A指導員養成講習の大詰めだったはずなんですよ。スケジュールのやりくりもかなり大変だったはずですが、環境が変わって一段柔道が変わるというのは、全日本柔道選手権史にも多々見られる現象です。大いに期待したいですね。…西森さんの注目選手は?
西森 私が注目するのは、自衛隊体育学校の前田宗哉選手です。
古田 おお!
西森 旭化成という巨大戦力は別として、今、チームとして非常に充実しているのが自衛隊体育学校だと思うんですね。男子で言えば、今大会は前田選手、佐藤正大選手、吉田優平選手と3人を送り込んでいますし、当然ながら女子の濵田尚里選手のオリンピック金メダル、それから先日のグランドスラム・パリにおける新添左季節選手の活躍と、いま男女ともにすごく充実しています。このチームの勢いを己の力に変えて、前回出場したとき以上の大暴れをしてくれるのではないかと期待しています。とにかく前田選手は柔道の気風が良い。大外刈で、相手を乗り越えていくぐらいの勢いで飛び込んでいくあの柔道は、本当に全日本選手権向き。良い柔道を見せてくれるのではないかという期待を持っています。
古田 ありがとうございます。
(次ページへつづく)
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