※2月25日に行われた現役引退会見と囲み取材を合わせた要旨をお伝えします
編集:eJudo編集部
「絶対に信頼出来る『技』を作ることが大事、やってきたことに後悔はない」

引退の決意
――引退の決意はいつごろ?
何度も頭をよぎったことではありますが、一番最初に考えたのは東京オリンピックの代表選考に負けた時。そこからもうひと踏ん張り頑張って、真剣に考え始めたのが、2024年のグランドスラムパリ大会。決勝で日本選手と戦っているときに、「あと4年間、この気持ちでやっていけるのかな」という気持ちになったときです。試合に向けて心も体も最高の状態に仕上げて挑んでいたつもりだったんですが、どうしても燃えるものがない。現地入りしてからも、何かやる気が沸き上がってこない。1回戦に勝って控室に戻って、次の試合に行くときに「これをロス五輪まであと何回やるんだろう、何度減量するんだろう」と冷静に考えてしまっていた。こんな気持ちは初めてでした。そして決勝、悪い意味で視界が広かったんです。観客席や審判、コーチボックスのコーチ、そういうものが全て見えてしまっていた。これは良くない。集中し過ぎて前しか見えないくらいが絶対に強い。おかしいな、と色々なことを悟りました。こういう気持ちで試合をしているようであれば勝負師として終わりだな、と、引退を考え始めました。
――それから1年、どんな思いで活動されてきましたか。
天理大学を拠点にずっと稽古を続けていたんですが、やはり稽古の最中も気持ちが入らない。 何を目指しているかわからない状態のまま、稽古してきた。目標とするものがない。その中で引退という言葉がどんどん大きくなってきました。
――最初に相談したのは。
そういう気持ちがある、と最初に伝えたのは妻。あなたがもう十分やって来たというならいいんじゃないか、と言ってくれた。その後も練習は続けていましたが、やはり気持ちは上がって来ず。そのまま引退試合をせずにこの日を迎えたという形です。
――決定打は
絶対にこいつには負けたくない、という強い気持ちがなくなった。その気持ちがなくなった時点で、人と戦う競技は難しいと思います。
「代表決定戦」とライバル・阿部一二三について
――一番の思い出は?
目標とするオリンピックまであと一歩だった、代表決定戦。あの試合です。
スポンサーリンク