※座談会は5月3日・4日にオンラインで行われました。
「全日本が日本武道館に帰って来た」令和4年大会を振り返る
古田 皆さま、お忙しいところ今回もこの「振り返り座談会」のためにお時間を割いてくださり、本当にありがとうございます。早速ですが、まずは大会をご覧になっての率直なインプレッション、どういうふうに感じられたかをひと言ずつ頂けたらと存じます。上水先生からお願いしてよろしいでしょうか。
上水 まず、日本武道館でやる全日本選手権、これはやはり特別なものなんだな、と強く感じました。決して講道館が良くないということではないのですが、やはり全日本選手権は観衆が回りを取り囲んで、ただ1試合場だけの畳を見つめるあの空間あってこそです。全日本選手権が日本武道館に帰ってきてくれた、率直にここが感慨深かったです。
古田 これは間違いなく今回のファーストトピックですよね。
上水 はい。そして、本来の形を取り戻したこの令和4年大会で、まさに新時代が到来したな、と思いました。これまでの潮流を一気に押し流すような、新たな時代の流れが作られた。そして時代を背負う重責を担うのは、斉藤立選手。これからの重量級は斉藤選手を中心に動いていく。これを強く印象付けた大会であったと思いました。
古田 ありがとうございます。西森さん、お願いいたします。
西森 私は、上水先生が仰った「新時代の到来」に加えてもう一つ、例年以上に「多様性」、豊かさを感じる大会だったと思います。たとえば参加選手、体格で言えば高藤直寿選手の60キロから上は斉藤立選手、佐々木輝選手の160キロまで。年齢も斉藤選手の20歳から垣田恭平選手の34歳まで非常に幅が広かった。もちろん全日本選手権は体重無差別、年齢も制限なく戦う大会ですので当たり前と言えば当たり前なんですが。いつも以上にバラエティーに富んだメンバーが揃いました。かつ、技術の幅も非常に広かったと思います。斉藤選手、原沢久喜選手、黒岩貴信選手らが重量級ならではのダイナミックな技を見せてくれたかと思えば、小原拳哉選手の巴投や燕返と言った小兵の技の冴え。さらに言うと中園史寛選手の浮技や佐々木選手の小外掛など、一芸に秀でたもののが「これで全日本の舞台で勝負するんだ」と持ち込んで来たいわば「必殺」の技。実にさまざまで、かつどの技も素晴らしかった。そして、最後はやはりこの大会に臨むモチベーション、これも非常に多様だったと思います。優勝を目指す者、地方から出てなんとしても1勝をあげたいと願う者、大野将平選手のように自分の柔道をこの全日本選手権の大舞台で表現するんだ、と心に期すもの。それぞれの柔道に対する思いが非常によく伝わって来ました。本当に見ていて面白く、そして幸せな大会だったと思います。
古田 ありがとうございます。決勝が終わった瞬間、凄い大会だったという感動と興奮とともに、これからの執筆を考えて「この面白さはなまなかな筆力では語り切れないな」と感じたのですが、その因はまさにこの、様々なアスペクトにおける「多様性」だなと考えたことを思い出しました。まだまだこの件について喋りたいのですが、とにかく自制を利かせないとこの座談会は何時間経っても終わりませんので(笑)、いったん我慢しておきます。では締めに、朝飛先生からお願いします。
朝飛 この大会については、私も喋り始めたら、止まりません(笑)。見ていて感動、柔道ファンの私には幸せな大会でした。内容に関してはいま西森さんと上水先生に仰っていただいた通りです。伝統が感じられて、それでいて新たな時代が切り開かれて、そしてすべての選手の振る舞いや心の在り方が豊かです。終わったときに、なぜか涙が流れました。いま仰ってくださったことに加えて、素直に、何かを教えてもらった。何か熱いもの貰った、と思えた大会でした。以上です。
古田 ありがとうございます。…囲み取材を翌日に文字起こししたのですが、非常に多くの選手が示し合わせたように「楽しかった」「やりがいがあった」と発言しているんですよね。普段は体重別で、ともすれば相手のいいところを消して勝ちに拘るというような試合が多いなか、全日本というのは、出場者の誇り、伝統へのリスペクト、観客の視線、舞台装置、色々なことが、選手を自分の良いところ、足し算部分を出してパフォーマンスせねばならないという方向に働くんですよね。昔であれば大会前日の訓示を受けて選手が「立派な試合をしよう」という言葉で表現した、そういう要素が選手を、己の良いところを出そうという方向に導くのだろうと考えます。本当に稀有な大会だなと思いました。王子谷選手は囲み取材で「もう、僕はこれから全日本を中心に生きていきます」と言っていましたし、試合後は「全日本のモチベーションは凄い」「楽しい」「半端ない」と語って、最後に引込返についても思わず試してみたくなってしまった、と関係者に語っていたそうです。そういうことをさせる全日本の「足し算要素」が、3年ぶりの日本武道館開催でもう、拡大されまくって出た大会だったんじゃないか、と思いました。全日本を全日本たらしめる要素が本当に強く出た大会だったなと思います。…失礼いたしました。ではさっそく1回戦からレビューして頂きましょう。
一回戦
千野根有我(関東・筑波大4年)○内股(1:56)△福本翼(中国・広島県警察)
千野根が右、福本が左組みのケンカ四つ。千野根はやる気十分。釣り手を上から持って引き手を求め、得意の前技フェイントの右小外刈を敢えて晒し、膝を挙げて牽制を呉れる。福本は得意の両襟でスタート、しかし千野根に引き手で袖の外側を持たれると嫌って切り離し、再び引き手争いに戻る。双方重量級とは思えぬスピードで袖を求め合うが、ここで主審が試合を止め、45秒福本のみに「取り組まない」咎による「指導」。以降も引き手争いが続き、そして一貫して試合を引っ張るのは千野根。1分12秒にはフェイントの右小外刈。膝から先をカクリと曲げる得意の形で刈り込むが予期した福本動ぜず受け止め、双方淡々と攻防を継続。ここで千野根が釣り手の肘を上から載せ、引き手で袖の外側を掴むほぼ完璧な組み手を作り出すが、約20秒にわたるこの優位の間に決定打は出せず。小外刈と内股で牽制したのみで引き手を切られ、いったん優位は潰えてしまう。しかし直後、再びほぼ完璧な組み手を作ると今度は素早い仕掛け。組み手の悪さに危機を感じた福本が腰を差そうとしたその出端を捉え、先んじてスパンと鋭い右内股一撃。あまりのタイミングの良さに体重130キロの福本の体がほとんど重さを感じさせぬまま右前隅に一回転、乾いた音を立てて畳に落ちて「一本」。試合時間1分56秒、令和屈指の好大会は鮮やかな投技「一本」で幕を開けることとなった。(戦評・古田英毅)
古田 第1試合は福本翼選手対千野根有我選手。内股「一本」で千野根選手の勝利となりました。今回の口火は、西森さんに切っていただきましょう。
西森 このところ非常に成長を感じさせてくれる千野根選手が、4ヵ月前の全日本よりまたもや、さらにひと周り強くなったなと思わせました。福本選手を一発で仕留めるのは、率直に大したものです。ケンカ四つの攻防で引き手を外側から取るやいなや、相手の出端に合わせて決めましたよね。あのタイミングも非常に巧かった。力のある福本選手がまったく力を出せないまま仕留められたことに驚きました。千野根選手の成長を強く感じさせる一戦だったと思います。
古田 ありがとうございます。朝飛先生、いかがでしょうか。
朝飛 今仰られた通りですね。そして千野根選手、技に入るときの柔らかさに加え、最後まで相手に力を伝える、この部分で一層上手さが増したなと思いました。きちんと抑え込むところまで極めていましたよね。これからまた力を付けて、もう一段上がって来る選手だなと思いました。福本選手も凄く楽しみにしていた選手で、力も十分。その実力者をあっけなく終わらせてしまった。成長を感じましたね。
古田 引き手を持って、腰で蓋をしようと動かした瞬間の出端(ではな)でしたよね。ああいう軽量級のようなことがしっかり出来るんですね。
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