※座談会は2025年5月6日(2回戦まで)・15日(3回戦以降)に開催されました。
(③二回戦(上)からつづく)

二回戦(下) (トーナメント右側)
原沢久喜(推薦・長府工産)○優勢[僅差3-0]△田嶋剛希(推薦・パーク24)

両者右組みの相四つ。原沢が先んじて引き手で前襟、釣り手で奥襟を確保して圧力を掛けると右内股で先制攻撃。対する田嶋も強気に奥襟を叩き返すと、原沢が右「小内払い」でいなして一旦「待て」。直後の展開、再び原沢が両襟で田嶋の頭を下げさせると、両手のハンドル操作で崩しながらの右内股で田嶋を縦に転がし「技あり」を奪う。経過時間は51秒。ビハインドを負った田嶋は敢えて奥襟を叩かせたまま、引き手で後帯を握っての左釣腰で原沢に肉迫し続ける。そして迎えた残り25秒、田嶋が一段深く左釣腰で寄ると、原沢は時計回りにたたらを踏んで耐える。田嶋がすかさず残った右足でその足元を叩くと原沢たまらず転がり「技あり」。スコアがタイに戻って試合は終了。旗判定は終始組み勝ち、右内股で展開を取り続けた原沢に3本揃った。(当日戦評・eJudo)
古田 というわけで、注目の一番です。原沢久喜選手と田嶋剛希選手、一昨年大会準々決勝の再戦。私、直後の大会の「JUDO TV」の解説で「今年の全日本選手権のベストバウトは?」と問われた際にはこの一番を挙げさせて頂きました。朝飛先生からお願いします。
朝飛 いやもう本当に面白かったですね。さきほどの田嶋選手の試合後のコメントを聞いて、納得したところがたくさんありました。あの組み方、もう腹を括っていたということですね。
古田 コメントは読者の皆様にも読んでいただければと思いますが、要旨としては、田嶋選手としては相手がもっとじっくりやってくるものだと思っていた。しかし先に来て「技あり」を取られてしまった。打つか打たれるかのところで一瞬先に差し込まれた。そして取られたとなれば、小さいものが追いかけて取るには、なんとか前に出てきてもらわないといけない。相手に攻めっ気を持たせて、投げて終わらせようという欲を持たせるために、組み手は「全部あげちゃう」つもりで繋がり続けた、と。かように取られてからも凄かったのですが、朝飛先生仰るように、入りから相当でしたよね。
朝飛 向こうも勝負、こっちも勝負というぐらいのつもりだったんですね。私は、組み手が大きすぎる、これでは胸がついてしまうのではと思って見ていたのですが、そこまで腹を括っていたと聞いて納得です。それだけやりこんでいて、自信があったんですね。自分を信じる力が強い、ステップを上がっていける選手はこうなんだなとコメントを聞いてよくわかりました。そして凄かったのが「技あり」を失った後ですよね。組んで真っ向勝負を続けて、最後はいわゆる「やぐら投げ」で追いつく。本当に凄い試合ぶりでした。そして、スコアで追いつかれても大丈夫な試合の流れをしていた原沢選手の側も凄かった。原沢選手、実は控室に戻る前にサポートしてくれるメンバーと喋っていたのを見たのですが、これだけの試合をしてなお、息が切れてなかったんですよね。凄い、今日は相当やるなと感じました。総括としては、…もう、最高の試合でしたね。「田嶋選手の底力を見た」というのが一番の感想です。
古田 ありがとうございます。西森さんお願いいたします 。
西森 最後は「ここで終わりなの?ゴールデンスコアはないの?」と思ってしまうくらいの熱い試合でした。同時にその時思ったのは、田嶋選手がもう1分早く勝負に行けていればまた流れも変わったかもしれないなということ。
![原沢久喜( 推薦・長府工産)○優勢[僅差3-0]△田嶋剛希(推薦・パーク24)](https://ejudo.info/wp-content/uploads/2026/04/20250429_REVIEW_GAME_024_004-960x720.jpg)
![原沢久喜( 推薦・長府工産)○優勢[僅差3-0]△田嶋剛希(推薦・パーク24)](https://ejudo.info/wp-content/uploads/2026/04/20250429_REVIEW_GAME_024_005-960x720.jpg)
古田 タイスコアに追いつく「技あり」は、残り時間25秒でした。
西森 あのタイミングでのポイントとなると、「判定あり」では勝敗はなかなか動かない。そこは惜しかったですが、もう、とにかく見どころが多い試合でした。まずは1年ぶりの試合となる原沢選手がどんな戦いを見せてくれるかにおそらく全てのファンが注目していたわけですが。これがもう、いきなり、ほとんど「一本」と言ってもいいくらいの内股。全く切れ味が落ちていない。しかも田嶋選手をあの投げ方…本当に縦回転で飛ばしましたから、もう本当に強いなと思いました。一方の田嶋選手。私「堂々が過ぎる」というメモを残しているんですけど、
古田 いい表現ですね。まさに!
西森 そのとんでもなく強い原沢選手に対して90kg級の選手が「この組み方はなんなんですか?」というくらい敢えて持たせて勝負。特に取られてからはもう、本当に堂々と渡り合っていました。田嶋選手の大内刈に対して原沢選手が掬投で応じる興味深い攻防もありましたし、本当に見ごたえのある試合でした。我々は「予想座談会」で田嶋選手の決勝進出を推したわけですが、それが決して誤りではなかったと思わせる、内容の濃い試合だったと思います。

古田 ありがとうございます。上水先生、お願いいたします。
上水 私も個人的にこの試合を一番楽しみにしていました。一昨年の準々決勝戦であれだけの試合をした2人が、この早い段階で当たったらどうなるのかなと。何しろ原沢選手にとっては初戦ですからね。そしてまず、1年ぶりの試合でこれだけのパフォーマンスが出来る原沢選手はさすがだと、率直に思いました。原沢選手と戦う時に、特に小さい選手にとって嫌なのは、やはり彼の小内刈だと思うんですよね。内股だけならまだしも、同じタイミングで小内刈が来るので受けづらくなって、最後は持っていかれる。田嶋選手も小内刈を少し意識させられていたので、内股で持っていかれてしまった。「一本」級の「技あり」でしたね。
古田 田嶋選手自身も談話で「あれは『一本』」と語っています。

上水 そしてその後。原沢選手がクロージングに行くわけですが、田嶋選手は敢えてノーガードで突っ込んでいく。あれはもう「度胸」という言葉では言い表せないくらいの凄まじい度胸ですよね。恐ろしいやり方です。そして最後は縺れて実際に投げた。・・・田嶋選手の存在は、これまでの柔道の戦い方の根底をちょっと覆していくような気がします。こういう戦い方もあるんだと。「正しく組んで正しく技を掛けなさい」と言いますが、実はある意味正しく組まなくても、敢えて相手がやりやすいようにやって、それでも持っていく柔道も出来るんだよ、と皆が意識するきっかけになるのではないでしょうか。そして田嶋選手の試合は本当に見ていて面白い。西森さん仰ったように「GSないの?」が正直な感想でしたね。
古田 ノートを開くと、私も「もっと見たい!」と走り書いています。体重別の試合を見慣れている人もそうでない人も、これはみなさん実感でしょう。決着がつくまで、どころか出来得ればいつまででも見ていたい試合でした。
上水 ただ、原沢選手の師匠である日大・金野(潤)先生が仰るには「原沢はGSだったら持たなかったはず。そこまで練習は積めていない」と。ですので、原沢選手としてはこの「判定ありの5分間」という全日本のルールをしっかり頭に入れた戦い方をしたのだろうと思います。朝飛先生が仰ったように「『技あり』を取り返されても、判定は譲らない」んです。この点はさすが原沢選手です。こういう、試合全般の組み立てが出来る選手とそうでない選手、その差もあらためて考えさせられました。
西森 田嶋選手は途中から原沢選手に「組ませる」ことを前提に作戦を練っていたわけですが。たとえば去年の佐藤佑治郎選手が後藤龍真選手に決めた内股すかしも完全にそうでした。相手に持たせた上で、自分から小外刈を掛けて誘って、その上ですかしていますよね。そこまでが作戦になっている。過去何十年かの柔道競技は、少しでも組み手で有利に立って、相手に柔道をさせない、自分だけが柔道をするという戦術が主流でした。その中で、相手に持たせることからスタートして自分が投げるところに持っていく、一種クラシックなこの柔道はやはり面白いなと思いました。リスクもあるし、勇気が必要なんですけど、だからこそ取れるという。
古田 対人競技本来の面白さですからね。誘う、餌を撒く。ワールドツアー柔道は極めて戦略的で面白いのですが、攻撃性を担保するために立てつけとして反則付与を早くしている。そうなるとこういう妙味はなかなか出てこない。圧を掛けて後の先を狙ったり、釣り手を空けて内股すかしを狙ったりなどはその中で生き残ったエリアですが、ワールドツアールールではなかなかここまで振り切った勝負は生まれないですよね。これは田嶋選手の凄さとともに、間違いなく「『指導』では決まらない」全日本のルールが後押しした形になるわけです。
西森 間違いない。
古田 IJFがロンドン五輪以降ルール改定を繰り返したことで、私たちは逆に柔道競技が自由であることを知った。かつてのように、単に競技のルールが変わるだけなのに「柔道が柔道でなくなっちゃうよ」と叫ぶひとたちも減った。柔道という大きな枠は変わらず、その中の競技のありようが変わるだけだと理解した。同時に、ルールがいかに競技のありようを変えるかもみな、肌身で感じるようになった。柔道が「違うルール」を包含出来るだけの奥行きのあるものであることを知った。ゆえに自分たちがこの大会で柔道の何を表現したいかを考えられるようになり、国際試合審判規定とは異なるルールを作った。その帰結として、田嶋選手のような才能が体重別では考えられない駆け引きを見せてくれた。新たな全日本ルールにももちろん議論すべきところはたくさんありますが、この流れ自体は歓迎すべきものと思います。
西森 五輪や世界選手権の予選だという、IJF世界大会とのリンクを解いたことも、大きかったですね。
古田 解かざるを得ないところまでIJFルールが“体重別”の見るスポーツとして洗練・先鋭化されたということもありますし、大きく見るとこれに日本がきちんと反応したという必然的な流れですよね。ダイナミックでわかりやすい方向にどんどん変化していくIJFルールという比較対象を得て、日本は自分たちのアイデンティティはどこにあるのかと、内省せざるを得なくなった。IJFルールという光を当てられることで、印画紙に自己像を浮き上らせることが出来た。全日本を豊かにしようという流れが顕在化した背景はここと言っていいと思います。まさに冒頭上水先生が言われた通り、全日本が「独自の価値」を前面に押し出す時代の幕が開けたなと。
上水 そのくらいのことを言わせる大会でしたし、そう考えたくなるいい試合でした。
古田 最後にこの試合に関連する 2人の選手のコメント、もう少し紹介しておきます。まず原沢選手。作戦としては、田嶋選手は一発狙ってくるだろうから、自分としてはどちらかというと5分間コンスタントに力を出す試合を考えていたと。ただ、早く取れてしまった。追われるな、ちょっと早く取り過ぎたかなと思いながら試合を組み立て直したそうです。一方の田嶋選手の側も、原沢選手はもっと5分間コンスタントに力を出そうとして来ると思っていたが、先に来たので一発食ってしまった、と。西森さんと朝飛先生が指摘した序盤の「堂々過ぎる」組み方は、田嶋選手として相手が来ても自分も行けるやりかたで、準備するポジションも取っていたけれども、一瞬先に来られてしまったと。そして取られたあとの「全部あげちゃうつもりで」チャンスを作ったというのは先ほど紹介した通りです。
西森 ふるっていますね。本当にいい試合でした。
古田 はい。eJudoの記録班が「僅差3-0」と丸めて書かなければいけないのが辛い、勿体ないと悔しがっていました。記録上は他の僅差試合に埋没してしまう、勿体ないと。・・・とにかく堪能した一番でしたね。魅力いっぱいでした。皆さま、レビューありがとうございました。

影浦心(東京・日本中央競馬会)○優勢[僅差3-0]△神垣和他(関東・京葉ガス)

古田 続いての試合です。影浦心選手が神垣和他選手を僅差3-0で完封。上水先生、お願いいたします。
上水 この試合に関しては、影浦選手は少し「次」を意識し過ぎた戦い方だったかなと思います。対神垣選手戦に完全に集中出来ていたのかどうか。確かに、流れで言えば先に技を出して自分の展開を作ってはいました。ただこの展開に、具体的に投げる要素があったかというと難しい。神垣選手の組み手が厳しいことと、相四つであることであまりリスクを冒さなかったのかもしれませんが、もう少し多彩な攻めをしても良かったのかなとは感じます。eJudoさんの言葉で言うと、それこそ「順行運転」的な感じの試合に見受けられました。「流れを渡さない」という点に振った試合だったと思います。
古田 朝飛先生、いかがでしょうか。
朝飛 神垣選手は、私としては非常に強いという印象を持っていまして、組み手も上手いし、技も巧み。いいところに入ったら影浦選手を慌てさせる場面も出てくるかなと思っていたのですが、ここは影浦選手がさすがでした。神垣選手の釣り手になかなか良い位置を与えず、持たれたとなればすぐに先に掛ける。取ることを考えつつ、やはり判定を意識して試合を組み立てているんだろうなと見えました。神垣選手は内股・大外刈に物凄く威力があり、嵌れば大物を持っていく力もある。ただ、影浦選手のうまさが一段上だったかなと思います。
古田 ありがとうございます。上水先生が仰った通り、私も影浦選手が「(相手に)やらせない」という方針1つで戦い切った試合と観察していました。神垣選手は近年インサイドワーカーとしての傾向をさらに強めていて、言葉は悪いですが、相手にとって「面倒くさい」属性を強めていると感じています。そこに影浦選手が「相手のやりたいことをやらせない」方針で臨んだ。面倒くさい相手に「面倒くさい振る舞いをさせない」という方針で臨んだ結果、自分の側も少し面倒くさい試合になったということかなと思います。場面場面で、常に少しだけ相手の上を行くということだけで試合が終わってしまいました。やはり、判定になったときに少し皆、ざわっとしましたよね。これ本当に上がるかな、大丈夫かな、と。
西森 その空気は感じました。
古田 確かにうまいんですけど、もう少しプラスが欲しかった試合だなとは率直に思いました。神垣選手は難しい相手ですが、関東選手権では新卒の大学生・平野選手がきちんと投げて抑えて勝っているわけですから。影浦選手を優勝候補として今大会「あるぞ」と期待する中では、もう少し、1回戦の言葉を再び使えば、志のある試合が見たかったとは思います。
鈴木太陽(近畿・日本製鉄)○隅落(4:07)△阿部一二三(推薦・パーク24)

ともに右組みの相四つ。鈴木は身長180センチ体重120キロ、阿部は167センチ66キロ、これぞ無差別という体格差。阿部は「釣り手で袖」を一手目に据え、この手立てで「引き手で襟」を掴んでくる鈴木の組み手の先を行く。引き手で軸を作ることに時間が掛かる鈴木は苦慮。持ち直し、釣り手で上から圧を掛けるが、阿部は鈴木のクロス組み手を足取りの右大内刈で切り返し、腹ばいに伏せさせて会場を沸かせる。以後も釣り手を袖に絡ませては相手の前進を減殺。足持ちの右大内刈、相手の支釣込足を切り返しての朽木倒と繰り出して明らかに攻勢。対する鈴木は攻勢点の不利を意識したか残り2分から敢えて組み手を粗い方向に振り、過程を飛ばした二本持ちで圧力。クロスの大外刈に相手の腕を両手で抱え込んでの時計回り浮落と攻勢に出る。残り1分1秒に、阿部の指の止血で試合が中断。「はじめ」が掛かると阿部は圧を潜り抜け、釣り手で奥襟を叩いて重心低く大内刈。しかし待ち構えた鈴木抱き込んで正面に弾き返し、もろとも畳に埋めて「一本」。阿部は大魚を逸したが、見ごたえある試合に場内は万雷の拍手。(当日戦評・eJudo)
古田 続きまして第26試合。鈴木太陽選手と阿部一二三選手の一番です。100kg超級のホープと、66kg級のオリンピック2連覇者。まず、上水先生からお願いいたします

上水 これも凄く楽しみにしていた一戦でした。鈴木選手は重量級のファイターですが、決して巧さを押し出すタイプの選手ではなく、力強さが売り。果たして阿部選手を捌けるのかな、と。見立てとしては、鈴木選手は、昨年うちの長濱(佑飛)が取られた小外刈が上手いので、
古田 全日本学生優勝大会の決勝ですね。あの小外刈は鈴木選手を特徴づける技ですね。
上水 そう。そういうものに嵌めようとするのかなという予想を立てて見ていました。いい試合でした。阿部選手も掬投で捌いたり、脚を取っての大内刈を狙ったり、目いっぱい技術を使っていましたね。「これは、ひょっとするかもしれない」という空気まで作ったのはさすがです。近くに天理大OBの植岡(虎太郎)選手がいたのですが、これはまずいなと、「本当頼むわ、何しとんねん」「負けたら本当に穴井先生に怒られるで」という感じのことをずっと言っていて、かなり焦っていました。
古田 あの技が決まるぎりぎりまで、「ここで試合を切ったら阿部選手に旗が上がるな」という様相でしたからね。私たちも、これは「ある」のではないかと色めき立ちました。
上水 そういう空気を作ったのはさすがですね。そこで「待て」が掛かって、あれは止血ですかね?
古田 そうです。阿部選手の指から出血があったそうです。
上水 で、戻って来て。 そこで組み際の大内刈にいったのを鈴木選手がボンと返した。あの休憩がポイントでしたね。私はこのブレイクで流れが阿部選手の側に転がるかなと思ったのですが、そうではなかった。阿部選手が体力的にもう目いっぱいのところもあったのかなと、振り返ってみて感じましたね。ただ、すごくうまい戦い方でした。こういう引き出しもあるのだな、と彼のうまさを再認識させられた一番でした。
古田 ありがとうございます。朝飛先生、いかがでしょうか。
朝飛 阿部選手、強いと感じました。鈴木選手は力強く、体幹も強い。私も上水先生と同じで、鈴木選手がどこかで小外刈でまとめるのかなと思っていたのですが、その小外刈を、阿部選手は足を持って自分の技を合わせに行った。さすがでしたね。このまま行ったらわからないという空気になりました。そして鈴木選手。どうなんでしょう、わざとあそこまで入らせたのではないかというくらい深く大内刈を掛けさせて、その上で切り返した。あれは鈴木選手のうまさですね。ただ、仮に誘われたとしても、あの体格差で投げにいくというのは並大抵ではありません。阿部選手の側も強かった。・・・すみません、まとまりがなくて。
古田 いえいえ!興奮ぶりがよく伝わります。いずれ、どちらも『腹を括った』感がありましたよね。西森さん、お願いします。

西森 どちらにも勝機がある、非常に見応えのある試合だったと思います。阿部選手が「足取り大内」を主軸に攻め、そして迎え撃つ鈴木選手がタイプとして「動ける重量級」であったことで、試合として凄くスイングしたと思います。ガチっと構えられてしまうと阿部選手もなかなかやりづらかったと思うのですけど、鈴木選手が動くタイプだったので、“攻防”がきちんと見える試合になって非常に面白くなった。そして鈴木選手、動いて小外刈で追ったりというのは勿論ですが、攻め方に工夫をしていた。すこしがっぷり組んで浮落風に押してみたり。そういう風に押し引きしながら、阿部選手が幾度か見せた「足取り大内」にも慣れて来ていましたね。来るのが予測できたがゆえの返しだったと思います。阿部選手がもしあと10キロくらい大きくて、…これは会場に見に来られていた岡田弘隆先生も仰っていたようですが、普段から重量級と乱取りする機会が多かったら、勝敗が逆になる可能性は十分になった。公式パンフレットのデータでは、体重差は50キロ。さすがに体力差がありました。阿部選手凄いなと思いつつ、これが30キロくらいに収まっていればまだ可能性はあるな、と思いながら見ていた試合でもありました。ただ、阿部選手も力を十分示しましたし、鈴木選手の勝利もまた、妥当な結果であったと思います。いい試合でした。
古田 ありがとうございます。途中まではこのまま判定なら普通に阿部選手だと思えましたからね。阿部選手が重量級の選手に対して、普段の相四つのやり口と手順を変えて、あの必殺の戦型を引っ込めて釣り手から持った。そして襟を持ちに来た腕に絡みついて封じておき、「足取り」を使う。かつての時代の、対重量級の1つのやり方ですよね。阿部選手もこの世代に属する戦型を持っているんだな、そして考えて来ているんだなと思いました。あとは止血措置の話ですね。試合後のコメントですが、あれは指の出血だったそうです。重量級の選手にはどれだけ握り込んでいても切られる、阿部選手は「指が飛んでいく」という表現を何度も使っていました。飛んでいきそうに痛い、と。観客席で髙藤選手が阿部選手の指を見せてもらっている写真がSNSに上がっていたようですが、もうボロボロだったそうです。・・・あとはコメントからもう1つ。「だんだん適応された。このままでは逃げ切れないので投げるしかないと思った」と。まさにあの休憩で「腹を括った」のですね。“適応”も含めてみなさんお見立ての通りという感じ。非常に面白い試合でした。
革命的だった「切る」ことの肯定、そして「持つ」柔道について
上水 「指が飛んでいく」。昔と大きく違うのが、重量級の人が思い切ってバーンと切る行為。あれ、昔はなかった印象です。かつて軽量級の選手が大きい相手にも組めたのは、あの頃の全体的な柔道のスタイルとして「お互い持たせる」という前提があったことがあるのかなと思いました。いまは重量級同士の戦いでもバンと切りますよね。あれを軽量級相手にやったら、それは、指は持たないですよね。かつての柔道に、あのバンと切る行為自体があったかどうか。
西森 今回、全日本選手権パンフレットの「全日本選手権を彩った名選手たち」のインタビューで山崎茂樹さんにお話をお聞きしたんです。山崎さんは近畿大学時代、組み手で優位に立って、相手が嫌がって切るところに合わせて技を掛けて投げるのが得意だったそうなんです。しかし旭化成に入って延岡に行ったら、皆まったく切りにこないと。樋川(純)さんなどまったく切らず、徹底的にそのまま付き合ってくる。それで調子を崩してしまい、最初の1年間はボロボロだったという話をしてくださいました。
上水 切るという発想自体があまりなかったのではないかと思います。だから軽量級の選手が重量級を相手にしたときでも、ある程度持てたのではないかと。あくまで仮説ですからなんとも言えませんが、少なくとも重量級が軽量級の組み手を「切る」イメージはなかった。
西森 そのあたりは、柔道の色々な潮流の変化の中での現象かもしれないですね。
古田 この座談会でも時々話している気がしますが、そもそも「切って持たせず自分だけが持つ」というのは、かつては物凄く目新しかった行為ですからね。講道学舎、古賀稔彦さんの大活躍以降に広まったものではと推測します。90年代が「切る」柔道が市民権を得はじめた時代で、その時代の子である私は少年時代の教科書と実際の競技のギャップに戸惑いましたが、既に「切る」ことは一種当たり前になってきていましたからね。・・・ちなみに、阿部選手の指がボロボロになったのはこの試合というわけではなく、試合までに重量級選手と稽古を繰り返した、その過程でのことだそうです。一応リマークしておきます。鈴木選手、そんなに切っていたわけではないですから。
上水 軽量級が重量級と練習出来ないのは、それゆえかもしれないなと、さっきから考えています。そのくらい「指が飛んでいく」という表現には説得力があった。仮に永山選手であっても重量級にバッチリ切られたら、もはやどうにも出来ないですからね。お互い持ち合えばそこそこやれる力関係でも、重量級に切られるとなると、これは持ちこたえられない。
西森 柔道衣の遊びの部分の大きさも関係しているかもしれないですね。たっぷりした柔道衣であれば振り切ってもある程度余裕を持たせられる。今の柔道は、お互いがビシっと持つことを前提に組み立てられていますが、例えば引っ張られても多少余裕がある、また、自分で離せる、などあればまた違うかなと。
古田 ギアの変遷は影響大きいと思います。長い目で見ると、「切る」時代にはやはり、切りやすい柔道衣が流行っていましたから。・・・また仮説ですけど。この間、穴井隆将さんと解説でご一緒したときに、天理大の「切らないで直す」方針は凄くいいですねという話をしたんです。すると、それはもう、めちゃめちゃ意識していますと。練習でも「切ってやり直し」をしていると時間ばかりかかって結局投げることが出来ないと。この「切らないで直す」は今のIJFルールのトレンドにも合っているので、きちんとしたチームの指導はどんどんこの方向になっているわけですが。仮説として、かつては皆が「小さい選手と戦う時は、切るよりも持たせた上でやりとりしたほうが投げやすい」ということを一般的な常識として共有していたのではないでしょうか。かつてはそもそも「切る」というムーブは、柔道の技術の中でそれほど比重が大きくなく、一方「繋がって投げる」がもっと当たり前に大きな前提条件だったのではないかと。「切り切り柔道」の90年代を境としたビフォーアフターでは、この意識が大きく違うのではないか。・・・これは西森さんともよく話すのですが、「当たり前のことは文献に残らない」。たとえばどうも、戦前、柔道においては「柔道家にとって当身技は当たり前の教養」であることが常識だった匂いがあるのですが、その時代においてはあまりにも当たり前であるがゆえに、わざわざ書き残さない。すると後世の私たちには、もはやそれを知るすべがない。当たり前のことであればあるほど逆に消えていく。これに近いことがあるのではないですかね。
上水 少なくとも「軽量級相手に切るなんて許されない」というような風潮はあった気がしますが、朝飛先生、このあたりはいかがですか?
古田 ここはぜひお聞きしたいですね。
朝飛 私が大学生のときに、指導くださったのが篠巻(政利)先生と、上村春樹先生だったんですね。ご存じの通りお二人とも全日本選手権も世界選手権も、上村先生はオリンピックでも優勝されている。そのころ、上村先生が28歳くらい、篠巻先生は30歳くらいだったと思いますが、そもそも「切る」のはまったく見たことがないですね。まだ若い藤原(敬生)さんとも当たり前に乱取りをされていましたが「敬生、なんで切るんだ。柔道衣をずらすんだ」とよく言い聞かせておられました。上村先生は山下泰裕先生と戦うときも組み合って、物凄く柔道衣のずらし方がうまくて、感動的なほどでした。そのずらし方、相手の手首をずらすという感覚、私も教えて頂いたのですが、体の中に残すことは出来なかった。ただ、「手首と手首を当てる」とか、いまの中野寛太選手ではないですが、首・肩・肘に力を入れないで一気にムチをしならせるように動かすとか、こういう練習は何度もやれと教わりました。古田さんがさきほどご指摘したように、「切る」という行為に対する価値観が変わって来たのは、古賀稔彦選手が台頭してきたころだったと思います。それまでは「切る」というのはあまり肯定的に見られていなかった。古賀選手は、切りながら前に出て、相手の手がなくなったところをパッと担いで『一本』取ってしまう。
古田 しかもそれが物凄く鮮やか。・・・上村先生たちが「ずらす」「しならせる」に物凄く注力していたのは端的ですよね。これが柔道という営みの大事なところなんだと。それを後世私たちは「切る」ことで塗りつぶしてしまった。朝飛先生が「これは何度も練習しろ」と教わった、「繋がり続けて投げる」ことの周辺の技術はもはやロストテクノロジーですよね。これは勿体ないことです。そのほうが投げれるという勝負論的にドライな「実利」の面からもそうですし、何より、持ちあってずらしあっていく方がゲームとしては間違いなく面白いので、普及側面の「豊かさ」観点からも勿体ないところです。そしてIJFの「組み合う」ルールを受けて、このテクノロジーに復活の気配があるのは頼もしい。
朝飛 いい技が決まる土壌として、持ちあうことはやはり大事です。岡野功先生は中量級で全日本を取りましたが、切っている感じはなかったですよね。
古田 軽量・名人の代名詞的な大澤慶己先生も、持つスタイルです。あの送足払も、二本で繋がっているがゆえ。
朝飛 そして古賀稔彦選手は同じ「切る」でも、肩や腰をうまく使って捌きながら、手を外して入ることが非常に巧みだった。あのあたりから「切る」も技術の一つとして大きく広まっていったと思うのですが、
古田 なるほど。すこし、悪い意味での省略が起こった気がしますね。そういう巧みさまでも、「切る」行為自体の便利さに塗りつぶされてしまった。切ることはよくないという倫理観から解放されて、悪い意味での実利が広まった。
朝飛 重量級が軽量級を「捕まえる」という課題設定も強くなりましたよね。いずれ「切る」という技術が物凄く広まったのは、あのあたりからだと思います。
古田 間違いなくそこで革命があり、僕たちは革命が当たり前になった時代の後を生きている。なので、その前を想像出来なかったですよね。・・・さきほど話題に上がった中野選手の「肩を振り外す」だったり、羽賀龍之介選手の「釣り手側の肩甲骨を回して相手の肘の上から腕を載せてしまい、相四つで持たせたまま組み勝ってしまう」などは、実は革命前のロストテクノロジーを再開発しているようなものかもしれない、というのは感じています。後世になると、持たせず自分だけが持つ切り切りの「10-0」は、ある特殊な時代の産物だったということになるかもしれないですね。今、本当のトップ選手はフラットに、「10-0」と、「持たせる」を状況・用途で使い分けている。・・・「切り切り時代」に競技として確立してきた女子はその残滓が濃く、この点少し周回遅れの気はしていますが。
技術を選んで「生態系を作る」、どんな世界を作りたいのか
朝飛 私たちが小さい頃は、ローカルな試合ですけども、あまり組まない子に「組みなさい」と言って聞かせる審判の先生がたくさんいらっしゃいました。まだクルクルと手を回す「指導」がなかったころです。
古田 叡智という言葉が思い浮かびますね。テクノロジーとして豊かということもそうですし、まず単純に、組み合った方がゲームの仕切りとして面白くなりますから、少なくとも育成カテゴリ、「種をまく」カテゴリのルールはそちらに傾けたほうがいいと思います。・・・私はある地区の連盟で指導部長を務めていますが、数年前からこの区の少年の試合は「組みあってスタート」とし、初心者同士では便利すぎてチート的に機能してしまう片膝技も、少年のうちは禁止としました。このほうが「やって楽しむ」人が「たくさん」いる世界を作るのに向いている。柔道人口を増やすキモは、この“ワールドメイキング”にあると思っています。面白がって関わるライト層がたくさん増えること、つまり土台となる生態系を豊かに保つには賢い「塩梅」がなにより大事です。ゲームバランスが命と言っていい。世代・レベル別に技術を制限することや「取得の順番」を明示することは特殊なことではないですし、技術それ自体の否定ではまったくありません。どうコントロールして豊かな世界を作るか、賢いバランスを見つけようということだけですよね。本当は初心者は一本背負投も制限したいくらい。・・・実はチャンピオンたちというか、競技エリートのポリシーはこの“ワールドメイキング”に向かないので、彼らに「甘い」と批判されることもありますけどね。彼らはステージが進むごとに人がどんどん減っていく競技世界の最終勝者なので、いい悪いではなく、実はポリシーが普及に不向き。「生存者バイアス」で、ワールドメイキングを語ってはいけないんです。・・・すみません。話が逸れました。
上水 今、私はパラリンピックの選手の育成に関わっていますが、携わるようになって気付かされたことがたくさんあります。パラはずっと組んでいないといけないので端的に言って、疲れる。「組み方をどうしたらいいですか」と聞かれるので「組んだまま少し休む時間を作れていますか?」と聞き返したんですよね。手首を少し内側に入れて、つまり肩から上腕を使うのではなく、全身を使うような形で、ぶらさがる感じで組むと休めますよ、と。なかなかわからないというので、では組みながら少しづつやってみましょう、と。この話をしたときに「あ、確かに昔はこういうことを言っていたな」と。古田さんが仰るように、ロストテクノロジーですよね。そんな技術があったことすら、私自身がどこか忘れていた。
西森 岡野功先生の頃の柔道、昭和40年代くらいの柔道だと、いまの柔道との連続性を感じるのですが、これが昭和30年代前半くらい、吉松義彦先生や醍醐敏郎先生の頃になると、まったく違ってきますよね。互いに両脇下くらいを持って、あまり力を入れている風にも見えないし、実際に技もあまりかけない。本当に1分に1回くらいしかかけなかったりするんですけど、たぶんその中で、いま上水先生が仰ったような「力を抜いている」場面もあるだろうし、瞬間的に崩して仕掛ける場面もある。
古田 えらく贅沢なゲームですよね。ゲームというと怒られてしまうかもしれませんが。
西森 このあたりには、今の柔道の最先端開発域である「繋がることを前提にして、相手をどう崩すか」のヒントも物凄くあると思います。「どちら側にも崩せる」両脇なども含め。これは最近、このころの映像を見ながらよく考えることです。
古田 両脇。実際、ツアーの最先端シーンではかなり「もちどころ」は多様になってきています。もちどころそれぞれの機能が腑分けされたことで、「持つ」攻防の解像度が上がって豊かになってきている。「切る」はこれをすべて塗りつぶす行為なので、柔道競技はこの「安易な超兵器」を肯定したことで、だいぶ旨味を減らした気がします。・・・東京パラリンピックの後半戦で解説を務めた方が、全盲の選手が弱視の選手と組んだときに両襟を持ったら「これじゃ手を着かれて投げられない」と物凄く批判したんですけど、視覚にハンデがある中でまず相手を捕まえやすい両襟で繋がるのは理のあることだし、両襟で投げるために動員できる理屈・技術ユニットは物凄く増えて、いまの選手はこれを普通に使いこなしている。一概にダメと否定するものではまったくない。これも「切る時代」が長く続いたゆえ、持つことに対する理解いったいのレベルが大きく下がってしまった、端的な例だと思いました。貧しい。技術とは世界を作るためのツールです。どんな世界を作りたいか、そのために何を選ぶべきか、賢くチョイスしていきたいですね。そして私は、プロデュースすべきは人がどんどん減っていく仁義なき勝敗世界ではなく、中身が豊かであるがゆえに面白がって携わる人が増える、そしてその中から王者を生み出せる世界だと思っています。この2つは、両立出来ます。
上林山裕馬(九州・福岡県警察)○優勢[僅差2-1]△飯田健太郎(東京・旭化成)

次の試合に参りたいと思います 上林山裕馬選手と飯田健太郎選手の試合です。僅差2-1で上林山選手の勝利でした。朝飛先生の方からお願いします
朝飛 福岡県警察の選手は、年数がたってから「もうひと伸び」があることが証明されたような試合だったと思います。飯田選手も先に先にと技を出そうとするんですが、上林山選手はその内股を後から払ったり、先に持って足元から攻めて、どんどん主導権を握っていく。巧かったですね。あと、これは心情的なものですが。上林山選手の態度が真面目で、試合ぶりも一生懸命自分の柔道を貫く様が見えて、非常に好感を持ちました。わかりやすく言うと「格好いい」です。飯田選手の側は、まだ彼らしい勘を取り戻せていない気がしました。今回は負けてしまいましたが、来年以降がまた楽しみです。
古田 ありがとうございます。西森さんお願いいたします
西森 はい。上林山選手が相手の出端にドーンと体をぶつけていくのが上手なんですよね。それで飯田選手はやりにくくなっていた。内股や袖釣込腰を狙うんですけど、出そうというその出端に、上林山選手がうまく体をぶつけて力を消し込んでしまう。特定の技というわけではなく、小外刈だったり小内刈だったりと表現される技は都度違うんですけど、とにかく自分のストロングポイントであるあのサイズを、タイミングよく当てることでペースを掴んでいった。その都度都度、局面の積極性で勝つことを続けて、最後は試合全体をもぎ取った。決して器用な選手でないのですが、まさにさきほどお話があったように 真摯な、真面目な試合態度で、先に攻めることで少しずつ上回っていく、実直な試合ぶりが非常に好感を持ちました。
古田 ありがとうございます。西森さんが予想座談会の際に「体を当てるのがうまい」とお話しされていて、私もそれをひとつの軸として観戦させて頂きました。まさに、ここでしたね。そして誠実な戦いぶりでした。上水先生、上林山選手は、教え子ですね。
上水 上林山選手がどういうやり方で勝負するのか、楽しみにしていました。彼も太田選手と同じで、プランが定まっているときとそうでないときの差が激しい。今回はどういうプランなんだろうと。距離を出来るだけ詰めよう、近づけるだけ近いて勝負しようという意図でしたね。これは思い切ったな、と思って見ていました。彼は王子谷選手の付き人をやったりしていましたので、距離を詰めての大外刈や反対の振り、隅落的なハンドル操作が得意。そこにはめ込もうとしているなと。これを飯田選手という強豪に仕掛けたのが評価出来ます。あとは飯田選手、組み合ったときの躍動感がまだ戻っていませんね。あれが戻って来るとまたいい柔道が出来ると思います。あと、終盤に指か手を痛めて、ちょっと倒れる場面があった。判定を前に、あの印象が良くなかったかなとは思います。痛いのは分かるのですが、戦いの場なので弱い部分は出来る限り見せないほうがいい。奮起を期待します。大きく言って、上林山選手が勇気をもって詰めに行き、上手く戦った試合だったなと思います。
古田 ありがとうございます。まさに「詰めて」「ねじる」ことで勝った試合だと思うんですけど、あれは得意の技術なんですね。
上水 そうなんです。相四つで大外刈を打つんですけど、それほど効くわけではない。本命はこちらの、古田さんの言葉を借りれば「詰めて捩じる」ですね。
古田 得意な技術が、前に出る姿勢にも繋がって勝負を持ってきたと。ありがとうございます。納得です。
佐藤和哉(東京・日本製鉄)○優勢[僅差3-0]△王子谷剛志(九州・旭化成)

古田 大一番です。西森さんの方からお願いいたします。
西森 どちらが先にポイントを取るのか、そこが大事と試合を見ていました。佐藤選手がうまく燕返、ひじょうに佐藤選手らしい技で横倒しにして、その後すかさず巴投で少し浮かせた。このシークエンスが大きく展開を動かした気がします。王子谷選手は大きな判定材料を取られたとみてそこから攻めに出ましたが、なかなか得意な形になれず、左の袖釣込腰であったり一本背負投に傾倒して、逆に王子谷選手本来の持ち味である圧力がうまくかからない展開になった気がします。そして佐藤選手。ポイントを取った後にガチッと守るのではなく、要所要所で足車を飛ばして、自分のペースを崩さずに最後まで走り抜けた。このあたり、いままでの佐藤選手と少し違いがあった。これがひとつ、王子谷選手という大きな壁を越えられた理由かなと思いました。
古田 ありがとうございます。少し順番を変えて、まず朝飛先生の方から先にお願いいたします
朝飛 場外の「指導」がなくなったことの影響があったと思います。圧力のある選手が前に出て、相手が場外際で回り込んだときに足技を掛けたり、あるいは「指導」をリードしたりということが出来なくなった。
古田 王子谷選手の柔道を巡らせるエンジンはまさに「前進圧力」ですからね。
朝飛 そうです。そして佐藤選手、ビュッと胸を張る動作で、王子谷選手の突いて来る手を外してしまう場面が多かった。王子谷選手はあれでリズムがつかめなかったように感じました。それに佐藤選手、相手が足を出して来たところに足技を合わせるのが、やはり、実にうまい。しっかりこれでペースを掴みましたね。
古田 ありがとうございます 朝飛先生のご指摘、圧力系選手が試合場の「角」を使えなくなったことは非常に大きいのではないかと思います。上水先生、お願いします。
上水 この佐藤選手との試合が今年の王子谷選手にとっての試金石だと思っていました。佐藤選手の足技の巧さと、さきほど朝飛先生からご指摘ありました「圧力をかけても場外の反発が使えない」こと。この2つで、戸惑いまではいかなくとも、戦術が非常に限られてしまいましたね。そしてあの燕返的な切り返しの足技を食ったことで、やはり焦りが出ました。むしろもっと胸を合わせに行って、典型的な「がっぷり四つ」に持ち込んだ方が良かったのですが、最近出て来た「うまさ」の方に走ってしまいましたね。佐藤選手に担ぎ技はなかなか掛からない。選抜体重別で木元選手を担ぎで投げたばかりですが、その自分のいいイメージに引っ張られたかもしれません。すこし、嵌ってしまった感じがします。・・・ただ、感慨深かったですね。彼はもう13回目の出場。長年、全日本選手権を本当に引っ張って来てくれた選手です。一緒に戦って来た気持ちも強い。試合が終わって、試合場から戻ってきて、本当に深々と礼をして「先生、ありがとうございました」と。胸に迫るものがありました。彼のおかげで自分も成長させてもらった。去年の羽賀龍之介に続いての、全日本選手権者の区切りです。彼の試合をここで見られただけでも、良かったです。
惜別・王子谷剛志 「ふたつの時代」作り上げた”前進柔道”
古田 上水先生に口火を切って頂く形になりましたが、全日本選手権に一時代を作った名選手・王子谷選手の最後の日本武道館ということで、もともと皆さまに一言頂くつもりでおりました。惜別と申しますか、それぞれひとことお願い出来ればと思います。朝飛先生、お願いします。
朝飛 王子谷選手が中学1年生で神奈川にやってきたとき、東海大相模中はまだ強化を始めたばかりで、数名しかいなかったんですよね。今みたいに一学年が7人、8人、10人といる時代ではなかった。誘っていただき、朝飛道場ともよく交流していました。本当にかわいらしい、まんまるの、くりくりっとした坊主頭の子がやってきて、羽賀に一生懸命「お願いします」と掛かっていく。時代は流れ、あの子が立派な選手になって、全日本選手権のチャンピオンになって、それだけでなく一つの時代を築いて、もう、立派、感慨深いの一言です。強くなるにつれ、やさしさ、礼儀正しさが増していく、この様もよかった。「柔道家はこうなっていくんだな」と私も非常に勉強させていただきました。ありがとうございました、そしてお疲れ様でした、と声を掛けさせて頂きたいです。
古田 ありがとうございます、朝飛先生の話を聞いて、この間、羽賀選手の引退会見に王子谷選手がサプライズで来られて、泣いておられて、羽賀選手の側が「お前に泣かしに来られるとは」とこちらも非常に感激していた、あの絵を思い出しました。いい関係の2人なんですね。・・・西森さん、お願いいたします。
西森 王子谷選手。もちろん13回出場、4回優勝という結果も素晴らしいんですけど、何より3回目から4回目の間が6年ある、ここが凄いところですよね。その間、勝ち上がれなかったり、年下の選手に負けたり、思うところもたくさんあったと思うんですけど、延岡に環境を変えて、頑張って、そこでもう1度頂点までたどり着いた。ここに王子谷選手の素晴らしさがあると思います。そしてここ数年、全日本選手権を支えてくれたのは、王子谷選手と、高校時代から1つ違いの先輩である羽賀選手。この2人が全日本選手権から去っていくのはファンとして本当に寂しい気持ちです。本当にお疲れ様でした、とお伝えしたいですね。
古田 この2人にはやはり、全日本らしいストーリーを感じます。エリートとして期待され、成果を残したが競技人生のほとんどがケガとの戦い、そしてオリンピックを経た競技人生の後半で「全日本選手権の価値観」にジョインして大会自体の価値を高めてくれた羽賀選手。そして「前進を刷り込む」という今までにないまったく新しいスタイルを持ち込んで全日本選手権を獲り、「ふた時代」を作った王子谷選手。本当に、全日本選手権らしい、ストーリーのある男たちだったなと思います。
西森 「ひと時代」ではなく「ふた時代」ですよね。まずは原沢選手との戦い。
古田 そうです。全日本選手権プログラムを作られている林毅さんがいうところの「OH時代」
西森 そして「王子谷・羽賀時代」というもう1つの「OH時代」。
古田 昭和40年代の全日本選手権者たちのような、格のあるバックグラウンドを持った選手たちでした。王子谷選手、本当にお疲れ様でした。

新田朋哉(近畿・天理大4年)○優勢[僅差3-0]△入来巨助(関東・筑波大4年)

古田 では次の試合に参ります。新田朋哉選手が、入来巨助選手に勝利。旗3本が揃いました。上水先生の方からお願いいたします
上水 この試合に関しては新田選手のしぶとさとうまさが、入来選手を封じ込めましたね。入来選手も序盤はまだ攻め手があったのですが、先、先と攻められて、後半はもう、たじたじという感じがありました。新田選手が前後に揺さぶり、要所で担ぎ技を出す。そして担ぎが警戒され出したというタイミングで後ろの技を打つ。入来選手は前に出たくとも、出られなくなってしまいました。ここは新田選手が一段上の戦い方をしたなと思いました。もともと、いぶし銀的な試合の出来る選手なのですが、良さをしっかり出したという印象です。入来選手も1回戦の永山選手を乗り越えて、すこしホッとしてしまった部分があるかもしれません。もう少し良さが出せてもいいはずの試合でした。
古田 ありがとうございます。朝飛先生、お願いいたします。
朝飛 入来選手、1回戦では永山選手を止めるためにお腹のあたりで襟を握っていました。この試合も引き手で袖にこだわりすぎず、新田選手の襟を持って寄せようとするんですが、新田選手、その手をほとんど落としてしまうんですよね。先ほど古田さんから、天理はバチバチ切るのではなく持ったところでずらす、という話がありましたが、まさにそれをきちんとやっていました。入来選手は襟を持ってはいるんですが、あんまり機能していない。相手を近づけることが出来ない。しかも新田選手の側としては、間合いがあるのでそこで自分が技に入ることも出来る。一見持ち合っているんですが、攻めることが出来るのは新田選手の側。入来選手も「内股・小内」などいい技を見せましたが、襟を引き付けられていないから、決めきれない。最後に体をコントロールできない。上水先生のおっしゃった「いぶし銀」はまさしくだなと思いました。
古田 ありがとうございます。すごく面白かったです!西森さんお願いいたします。
西森 はい。個人的には入来選手の「大内・小内」が見られたのが良かった。関東予選でも使っていた得意技だと思うのですが、初戦で見せた大きい理合の払腰とは別に、こういった小技も使えるんだなと。また楽しみが増えました。新田選手、去年は原沢選手の技をしっかり封じる手堅い試合を見せたんですけど、今年はそこからさらに成長した姿を見せてくれました。攻める力がある。この試合は体落をうまく使うことが安定感に繋がっていました。大きい選手に対して片足になることがないので連発も効きますし。天理の新4年生3人はこの全日本選手権、いずれも非常にいい印象を残しました。これは上水先生、 今年もうかうかできないのではないかと。
上水 うかうか出来ませんし、していませんよ。非常に警戒しています。
中村俊太(東京・センコー)○隅落(4:35)△米山竜生(東海・静岡県警察)

中村が右、米山が左組みのケンカ四つ。釣り手を上から奥襟に入れて圧力を掛けたい中村に対し、下から釣り手で前襟を確保し、前進して間合いを詰めたい米山という構図で試合が進む。中村は遠間から右大外刈、股中の右体落、一方の米山が前進圧力を掛けての左小外刈と、互いに動き良く攻め合う。体は動くが展開は膠着、という形のまま迎えた残り30秒、米山が組み際に体を捨てての左小外掛で勝負に出る。しかしこの「際(きわ)」こそ中村の生息域。バランスよく躱して浴びせ返し、背中を畳に押し付ける。これが「一本」となり、試合は決着となった。(当日戦評・eJudo)
古田 中村俊太選手が米山竜生選手から隅落「一本」。西森さんからお願いいたします。
西森 ケンカ四つの攻防ということで、米山選手が前回出場時も見せた足技の上手さ、内股からの小外刈や支釣込足などを随所に見せてよく攻める。一方の中村選手は長身を生かして奥襟を取って潰す、というような攻防でした。なかなかどっちも決め手がないなという中、米山選手が最後勝負に行ったところを、中村選手がうまく合わせた。中村選手の反応の良さ、体捌きのうまさを感じました。米山選手にも十分チャンスあっただけに、最後少し強引に勝負に出たのが、ややもったいなかったなという気はしました。ただ、 両者それぞれ持ち味を発揮した試合だったと思います。
古田 ありがとうございます。上水先生お願いいたします。米山選手は教え子ですね。
上水 西森さんが仰ったように、少し米山選手が強引でした。我慢がきかなかったんですよね。どちらかと言えば相四つの方が好きな選手で、ケンカ四つだと胸が合わず、両襟を持っての攻撃が主となってしまう。それでなかなか技がかみ合ってこない。この状態で中村選手に先、先と攻められることに対して、嫌な感覚があったのではないかなと思うんですよ。中村選手は足を入れて先に攻める技術が本当に上手い。米山選手が的を絞るべく距離を詰めようとしても、簡単に詰めさせない。先に技を出して来る。これを続けられて焦ってしまった、そういう印象を受けました。米山選手は出場2回目。前回は高橋翼選手と面白い勝負をしてくれましたし、まだまだ力的にはこれから。ぜひ頑張ってほしいですね。中村選手はバランスの良さ、そして彼のいい意味でのいやらしさも存分に発揮出来ていたと思います。
増山香補(東京・パーク24)○優勢[僅差3-0]△後藤龍真(九州・旭化成)

ともに左組みの相四つ。動きを作って担ぎ技を狙いたい増山、組み止めて勝負したい後藤という構図。そして増山が片襟を軸に得意の担ぎ技を連発。1分45秒にはひときわ威力ある左背負投を入れ、後藤は腹ばい。一方の後藤も左内股に左大外刈と技を打ち返すが後手に回った感は否めず、一方的に「指導2」まで失ってしまう。残り30秒には後藤が掬投を狙う場面もあったが、増山しっかり凌ぎ切ってタイムアップ。「指導」差、手数、そして効果的な技といずれも勝った増山に旗3本が上がった。(当日戦評・eJudo)
古田 2回戦最後の一番、31試合目です。増山香補選手と後藤龍真選手の一番。西森さんの方からお願いいたします。
西森 予想座談会で話した展開に近い形で試合が進みましたね。増山選手が持ち味の強い投げを連打して展開を持っていく。後藤選手も内股であったり、足を取って掬投をやろうとしたんですけど、どうしても後手に回る時間が長く、「指導」が溜まってしまった。増山選手は高低差をうまく使って、これがいい形での連発に繋がった。特に高い背負投を打つことで、流れをもっていかせなかったという印象でした。
古田 ありがとうございます。上水先生、お願いいたします。
上水 増山選手が出て来てくれて嬉しいですね。計量に失敗したところから階級を上げて、成績を上げて、そしてこの全日本に挑戦してきた。チャレンジする姿勢、好感を持っています。そして彼の気風のいい戦いぶりを、全日本の舞台で皆さんに見てもらえるのが嬉しい。増山選手と後藤選手は同級生のはず。どういう試合になるか注目していました。後藤選手としては、先に増山選手にああいう形で担ぎ技を打たれると、なかなか打つ手がなかった。一方で後藤選手の技は、増山選手の想定内。びっくりさせられるような技はない。戸惑わせればまた違う展開もあったかもしれませんが、最後まで増山選手のペースで技を打たれ続けてしまいましたね。この先後藤選手は得意の内股だけでなく、技術の幅を広げていくことが大事かなと感じました。
古田 ありがとうございます。朝飛先生お願いいたします。
朝飛 増山選手が、引き手で襟を持って、胸を突く。この引き手一本があることで、後藤選手よりも先に攻めることが出来ていましたね。袖にこだわらず、そして片襟も上手く使っていました。高低、そして左右、さらに前後と。もう少し言うと、技の高低だけでなく、襟を持つ位置も高かったり低かったり、使い分けていましたね。襟のもちどころで敢えて遊びを持たせて、その遊びの中で回ることもしていたので、後藤選手はかなり捉えにくかったと思います。最後は後帯を持って大内刈を狙おうとしたと思うのですが、やはり増山選手が巧い組み手で効かせなかった。ルールもフルに使って、うまかったですね。
古田 なるほど。本来的な担ぎ技系との相性が、技術の確かさで拡大したと、 そういう感じですかね。ではこれで2回戦終了。全46試合のうち31試合が終わりました。続いて3回戦のレビューに参りたいと思います。
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