※座談会は2025年5月6日(2回戦まで)・15日(3回戦以降)に開催されました。
(⑦準決勝―決勝からつづく)

古田 1回戦から決勝まで、46試合を振り返って頂きました。では引き続きまして「総括編」として、皆さまにお話を伺って参りたいと思います。「優勝者・準優勝者にひとこと」「大会全体を振り返って」「MIP」「ベストバウト」、そして「全日本選手権について」。・・・最後のトピックでは「なぜ全日本選手権は人を引き付けるのか」「足取りあり」「判定」「無差別の価値」「出場枠」「価値をどうアピールするか」「観客ファースト」などのテーマで、語り合ってくださればと思います。

「優勝者・準優勝者にひとこと」
古田 まずは決勝までを語り終えて。まず優勝者の香川選手、そして準優勝の原沢選手それぞれに掛ける言葉ということで評を頂きたいと思います。上水先生に締めを頂く形で、西森さん、朝飛先生、私からも短く、その上で上水先生という形でお願い出来ればと。

西森 はい。まず香川選手。高校時代から強さを発揮し、若くして全日本選手権にも出場。ただそこから後はなかなか日本のトップまでたどり着くことができない状況が長く続いたわけですが、諦めることなく精進を続け、ベテランと言われてもいいぐらいの年齢になってきたところで初優勝を果たした。本当に立派と思います。常に前に出て自分で試合を切り開いていくという試合ぶりも印象的。優勝にふさわしい柔道を見せてくれたと思います。「オリンピックを目指す」との言葉も聞かれました。ぜひこれから代表争いに絡んでいって欲しい。
古田 ありがとうございます。続いて原沢選手にもお願いします。
西森 昨年以上にインパクトを残す素晴らしい勝ち上がりで決勝に進み、2年連続の準優勝。年齢のことを考えるとまずこれが物凄いことですが、それ以上に、柔道家の在り方として新たな境地を切り開いてくれた、ここに感銘を覚えました。昨年の全日本選手権以降1年間まったく試合に出ないという、例のない調整。己が柔道にどう向き合うか、という点でこういうアプローチがあっていいんだと、まったく新たなものを示してくれたと思います。内股の切れ味や決定力のある寝技など去年以上に積んで来たものもありますし、もし来年、今回少し足りなかった練習量を積んでこの舞台に戻ってきたらどんな柔道を見せてくれるんだろうと、次に向けて期待できる柔道を見せてくれたとも思います。ともに全日本選手権を争った王子谷選手やウルフ選手が来年もうこの舞台には立たないことを明言している中で、原沢選手は「また戻って来る」と言い残してこの大会を去った。来年に向けてまた楽しみが出来たなと。来年もぜひその姿を見たいです。
古田 原沢選手が来年の推薦権を得たことは本当にいい置き土産というか、早くも来年が本当に楽しみですね。ありがとうございます。朝飛先生、両選手にそれぞれに一言ずつ評をお願いします。まず香川選手からお願いします。

朝飛 まず、優勝した香川選手、本当におめでとうございます。これまで節目節目で押し返されて、なかなか頂点に届かなかった。頭の中で、中野選手に判定1-2で敗れてしまった昨年度大会、また羽賀選手を相手に逆転負けした令和3年大会準々決勝の絵を思い出して、感慨深く見ていました。いずれも、どちらが勝ってもおかしくない試合で、そしていずれも対戦相手がそのまま優勝。羽賀選手との試合では前に出続けて「指導」リード、さらに前に出、これで勝ちかと思ったら押し出しで「指導」。もう1度前に出たところを内股で投げられてしまった。毎回まさしく紙一重の差でなかなか陽の目を浴びられなかったわけですが、落ち込まず、腐らず、初出場から11年経っての初優勝。素晴らしかったですね。指導者になって学生を前に自らを奮い立たせたところもあるでしょうし、あの胴上げを見ても学生に慕われていることがよくわかる。教え子たちにも素晴らしいメッセージを与えてくれたと思います。原沢選手に関しては「進化」という言葉がぴったり。オリンピックに2回出て全日本も取った選手が、この歳になってさらにアメリカに修行に出て柔術を学ぶ。「強くなる」ことを念頭に置いて、そして実際に結果でそれを見せて、こちらも凄いメッセージを発していますよね。来年またこの舞台に戻ってきて、今度はどんな進化を見せてくれるか、楽しみにしています。
古田 ありがとうございます。私からは、原稿という表現の場もあるので、短かめに。香川選手は全日本選手権の覇者にふさわしい選手だと思いますし、その勝利は嬉しい。それは戦いぶりや強さはもちろんのこと、これは個人的な感情になるかもしれませんが、これまでの発言や態度でわかる通り、彼が全日本選手権にきちんと価値を感じている、全日本選手権の世界観に感度の高い選手だからです。大会にきちんとリスペクトのあるものが賜杯を手にした、これは本人だけでなく、見ているものにとってもやはり幸せなことなんですよ。戦いぶりにも格があった。勝負すべき場面で覚悟を持って振る舞いました。一番志の高いものが勝利したな、とも思います。また、これまでなかなか結果を出せなかった選手が、指導者になったところで一段ステージが上がり、まるで詰まりが取れたかのようにその力を表現したというストーリーもいい。かつての時代の全日本選手権のような、柔道家としての来歴の「格」を感じます。

古田 そしてこの来歴の「格」、原沢選手にもより、濃く感じるんですね。原沢選手への評として、触れるべきトピックは何と言っても「1年間の武者修行を経て、たった1大会に掛けてきた」ことに尽きると思います。「柔道選手」というよりは「柔道家」、「キャリア」というよりは「生き方」と表現さるるべき、いままでとまったく異なる来し方です。・・・西森さんにしか通じないかもしれませんが、相撲漫画の傑作「ああ播磨灘」で、もと横綱・大江川が播磨灘に勝つために単身海外に渡り、大波や嵐に抗って大自然と稽古する、まったく違う価値観の修行1年間を経て、強くなって再び「相撲」で勝負を挑むというあのシーンを思い浮かべていました。原沢選手の選択には、単に「勝つ」とか「上手くなる」というのではなく、「強くなる」という柔道家としての本質的な営みを全うしようという意志を感じます。例によって、思い入れが強過ぎるかもしれませんが。これまでの全日本とは少し違う世界観の2人が戦った決勝だったなと思います。・・・上水先生、お願いします。

上水 まず香川選手。今大会には非常に、賭けていた。しかし、大会前のメディアや放送局のインタビューでの優先順位は王子谷選手、ウルフ選手、太田選手のほうが上。インタビュー時間も当然彼らのほうが長い。香川選手は先ほど朝飛先生が仰った通り、歴代優勝者とどちらが勝ってもおかしくない接戦を演じてきた力の持ち主ですが、扱いとしてはあくまで「大会に出場するいち選手」だったわけですね。これは内面、忸怩たる思いがあったと思います。これに対して、結果でその力を証明して見せたというところ、本当に立派だったと思います。皆さんがご指摘くださった、指導者としての面。今年からうちの助監督になったのですが、彼は非常に言語化能力が高くて、学生に対して伝えたいことをわかりやすく整理して、堂々・的確に話をしてくれる。ただ、逆に選手としてはこれまで、試合を俯瞰的に見れないという弱点がありました。掴んだ流れを相手に渡してしまったりして、力を発揮する前に負けてしまっていた。それが今回は、非常に、試合全体を俯瞰して見ることが出来ていたなと思います。やるべきことを間違えず、勝負どころを誤らなかった。もともと力はありますので、最大の勝因はこの点ということになるでしょう。彼の優勝は、私にとっても本当に勉強になりましたし、彼のキャリアにおいても本当に大きかったと思います。

古田 ありがとうございます。原沢選手にもひとこと、お願いいたします。
上水 原沢選手に関しては、皆さま仰った通りまず1年間のブランクですよね。その空白を経た久々の試合で、初戦が田嶋選手という曲者、しかも1度敗れたことのある相手。相当のプレッシャーだったと思うんですけど、そこを勝ち切り、しかも決勝まで勝ち上がる。古田さんのおっしゃった通り、「柔道家」として素晴らしかったと思います。・・・・私は昨年から、全日本選手権が生まれ変わったと思っています。オリンピックとのリンクが解かれ、そして昨年はっきりとルールが変わり、独自の価値を前面に押し出す時代が始まった。この全日本選手権らしい、常の競技とまったく違う全日本独自の世界観を表すにふさわしい2人による決勝戦だったなと思います。ある意味トラディショナルな、全日本ならではの世界を表すかのような座組の決勝戦を見られて、実に幸せでした。
生まれ変わった全日本選手権

古田 ありがとうございます。ただいまの上水先生のファイナリスト評が既に大会全体のインプレッションというところにまで踏み込んだ感じになりましたけれども、あらためて皆さんにも、大会を振り返ってまず大きくインプレッションを頂きたいと思います。各論ということでいくつか課題設定もお送りさせて頂いておりますが、もしここで語ることと関わるとなれば、この時点で踏み込んで頂いても構いません。西森さんからよろしいですか。
西森 判定の復活、足取りの解禁2年目ということもあって、内容はさらに豊かになったなと思います。古田さんが挙げてくださった課題設定のうち「なぜ全日本選手権が人を惹きつけるのか」というトピック、ここをお話ししたいと思います。人の志や練り上げた技が、見えやすいんですよね。属性にばらつきがあるのがやはりいい。無差別、判定、足取り解禁が後押しする技術の多様性などが、この属性のばらつきをさらに後押ししていると思います。若い選手とベテラン、恵まれた環境で練習している選手、そうでない選手。軽い選手と重い選手。・・・永山選手の「死を意識した」という言葉ではないですけど、軽い選手が大きい相手とやると、下手をしたら死ぬかもしれないという覚悟を持って臨む必要がありますし、逆に重い選手は軽い選手の引き立て役になる可能性もある。腹をくくって挑まなきゃいけないと。さらに面白いのは、出場回数を重ねると、その人の成長や変化も楽しめる。王子谷選手であったり、今日はウルフ選手もそうでしたが、伸びていくのもそうですし、今度は満ちていた月が欠けていくところも見える。すべての選手に物語があるなと思います。それを1日掛けて存分に味わえる。さらにいうと、組み合わせが決まったときから色々な情報が得られることで、振り返りまで含めて2か月近く楽しめる。このあたりが、全日本選手権が強く人を惹きつけるところなのではないかと、今回改めて思いました。僭越ながらこの座談会も、そうしたそれぞれの選手の物語を見る人に共有してもらうお手伝いが出来ているのかなと思います。
古田 ありがとうございます。朝飛先生、この大会の印象、まず第一に語りたいインプレッションを頂いてよろしいでしょうか。
朝飛 毎年のことながら、日本武道館の真ん中で、ただ1試合場だけで行われる贅沢さ。これでなくては味わえないものがたくさんあるなとあらためて感じました。選手が感じる重圧、1つの動きに反応して沸き上がる観客の盛り上がり。

古田 全員が同じものを見て、共有できる空間であるがゆえですね。
朝飛 そうなんです。世界選手権やグランドスラム東京でもこういう体験は出来ない。選手にとっても、見ている私たちにとってもですね。そして年齢、階級、色々なカテゴリの色々な大きさの人たちが集って、本当のチャンピオンの座を争う。オリンピックや世界選手権で活躍する選手ですら、なかなか勝てない。唯一無二だなと思います。香川選手が11年目で初優勝、ベテランの原沢選手がこの1試合のみに掛けて1年間修業を積んで準優勝。他の大会にはない奥行きも、十分堪能できました。
古田 朝飛先生の「本当のチャンピオンの座を争う」、これが実は大事なキーワードだと思います。全日本選手権がこれだけのリスペクトを集める理由には、かつてこの大会が柔道の「最強決定戦」であったこと、そしておそらく全日本選手権創設時に社会が抱いていた「柔道の無差別日本一」とはイコール「日本一強い男」であるというイメージ・価値観をルーツに持つことが非常に大きいと思います。歴史の順番といいますか、成り立ちの経緯がやはり、全日本選手権に対する敬意の根源にあると思うんですよね。この点は体重別ありきで、あとから理念的に無差別を創設した女子とは事情が違うなと思います。いい悪いではなく、成り立ちの経緯の話ですね。最強決定戦だと社会に認知された記憶が、DNAにあることは大きい。・・・上水先生、お願いします。
上水 さきほどお話しした「全日本選手権の新たな価値の構築」が見えたというところは大いに強調したいですね。ルールが変わったことによって、軽い選手が参加しやすくなったかどうかまではまだ一概には言えませんが、少なくとも、体重別に比べて多様な技術が試せる場になったというのは間違いない。現代の柔道の状況において、1つの大会がこういう新たな価値を想像出来るというのは物凄く大きなことだと思います。色々な選手が新しい技術にチャレンジする躍動感、やはり伝わってきましたよね。これまでオリンピックの予選として位置づけられ、国際ルールとのすり合わせで失われていた色々なものを取り戻し、のみならず新たなものを創造しつつある。これは面白くなってきたなと思っています。全日本選手権が生まれ変わろうとしている。まったく新たなものが生まれる息吹を感じる大会でした。
「MIP」「ベストバウト」
「MIP」
古田 ありがとうございます。続きまして、この人と推す選手がいればまず「MIP」(Most Impressive Person)を挙げていただきたいと思います。いかがでしょう。
西森 私は、挙げたい方が1人います。
古田 ぜひお願いします。
西森 私が挙げるMIPは、上水先生です。
一同 !
西森 この10年間で教え子5人が全日本選手権者となり(王子谷剛志、ウルフアロン、羽賀龍之介、太田彪雅、香川大吾)、優勝が実に7回。これは本当に凄いことだと思います。
古田 そう来ましたか!確かにこれは納得です。
西森 ちなみにそれ以前の10年間は国士舘大の時代で、鈴木桂治、石井慧、高橋和彦、加藤博剛の4人でやはり7回優勝しています。10年をひとつの時代としてみたときに、やはり令和7年に至るこの10年間は東海大勢が引っ張った全日本選手権だったなと思うわけです。そして序盤にお話しありましたけど、みな非常に個性豊か。これだけ面白い選手たちを全日本選手権者に引き上げ、面白い全日本選手権を見せてくれた上水先生に感謝です。
上水 ありがとうございます。

古田 これは究極。続きの「MIP」が挙げにくくなってしまいますね。朝飛先生、どなたか、挙げたい方はいらっしゃいますか?
朝飛 上水先生です。
古田 ではこの項は、こういうことにしましょうか(笑)。座談会が推す令和7年大会のMIPは東海大・上水研一朗監督ということで。続いては「ベストバウト」を1試合ずつ挙げていただきたいと思います。
「ベストバウト」
![香川大吾○優勢[技あり・大内刈]△原沢久喜](https://ejudo.info/wp-content/uploads/2026/04/20250429_REVIEW_EVENT_007_FNL-1080x720.jpg)
朝飛 同じ試合になる可能性、結構高そうですね。
古田 同じ試合もアリだと思います。
上水 これは悩みますね。決勝戦を推すつもりだったのですが、原沢選手と田嶋選手の一番も捨てがたい。・・・しかしやはり敢えて1試合であれば、私は、新たな価値を創造した決勝戦ということにさせていただきます。
古田 ありがとうございます。西森さん、いかがですか。

西森 「ベタ」かもしれませんが、やはり原沢選手と田嶋選手の一番ですね。この大物2人がこの早い段階でぶつかるか!というマッチアップも凄いですし、2年前に演じた大激戦という来歴もありますし、1年ぶりに畳に立つ原沢選手がどんな試合を見せてくれるかという期待もありますし、そもそも「中量級の世界王者」、しかも大型選手相手にこそ力を発揮する選手と最重量級の選手権者が対決するという座組の全日本らしさもあります。そんな中で「技あり」を先行された田嶋選手が敢えてのノーガードで原沢選手を前に出させて、投げて追いつく。無差別世界に新たな地平を切り開いた、そしてもう、掛け値なしにワクワクする試合でした。
古田 ありがとうございます。続いて、朝飛先生のベストバウトは?

朝飛 先に挙げてくださった2試合は物凄く気になるのですが、私は高木育純選手と鈴木直登選手の一番を挙げたいと思います。
古田 おお!朝飛先生の高木選手好きが爆発しましたね(笑)。高木選手が思い切りの良い技を連発し、最後は掬投から小外掛に繋いで「一本」でした。あの掬投、解禁後の足持ち技術としては最高レベルの一発でしたね。
朝飛 予想座談会では悩みに悩んで鈴木選手を推すことになったカードですが、高木選手に失礼なことをしてしまいました。まさに、高木選手の凄さが爆発した試合でした。その後はグリーン選手にも勝ち、優勝した香川選手にも敗れたとはいえ判定勝負。地方の警察官や刑務官、なかなか仕事との両立が難しい中でも、一生懸命練習を積んでここまでやれる。チャンスはあるぞと、勇気をもらった試合でした。キリがないので抑えますが、山形県警察の佐藤佑治郎選手も凄いですよね。体重80キロで、この場に続けて出てくる。しかも柔道が魅力的。去年は小川雄勢選手、今年は阿部一二三選手との対戦で結果としては敗れましたが、また来年も出て来て欲しいです。
古田 このベストバウト選出、朝飛先生の「地方で頑張っている人好き」の炸裂でもあったわけですね。いやもう、今年はこの試合と挙げたい試合が本当に多かった。私は直後の「JUDOTV」で原沢―田嶋戦を挙げ、いまでもそう答えることにしていますが、1試合ではでは到底挙げ切らないですよ。

西森 もう1試合挙げていいのであれば、阿部一二三選手と鈴木太陽選手の一番も実に良かった。本当に全日本らしい試合でした。
古田 素晴らしかったですね!…あの試合、色々な人から「あのままクロージングすれば阿部選手は勝てたのでは」という意見を聞くのですが、そこは「逃げ切れない」と悟って勝負した阿部選手にむしろ凄味を感じます。待ち構えた鈴木選手も強かった。2試合見て「阿部一二三は、やはりとんでもなく強いんだな」というのが正直な感想です。常勝に近い状態の体重別では見えづらいところまで見えた。そして強いがゆえに、行かねばならないことがわかった、それがゆえのあの結末なわけです。そこはメンタリティの違いというか、踏んで来た舞台の質の違い、潜ってきた修羅場の凄さを感じました。
西森 阿部一二三選手をして「ここで行かないと」と思わせた。
古田 そこですね。鈴木選手、強いですよ。
西森 さすが、伸び盛りの重量級と思いました。ここも物凄く全日本らしいではないですか。
古田 実に豊かで、贅沢な試合でしたね。
→⑨総括編(下)「旗による判定」「足取り」「出場枠」「カード」「ブランディング」
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