
※座談会は2025年5月6日(2回戦まで)・15日(3回戦以降)に開催されました。
(「⑧総括編(上)」からつづく)
旗による「判定」

古田 次に各論というところで、昨年から大きく変わったルールについて所見を伺っていこうかと思います。まず、復活2年目を迎えた旗による「判定」、皆さんはどうとらえましたか。私のほうからは。・・・全試合戦評などを通じて思ったのは、まず率直に「意外と投げに行かない」ということ。昨年、機関誌「柔道」の座談会の締めで、岡田弘隆さんが、何のためにルールを変えたのか考えて欲しい、ぜひ投げに行って欲しいという趣旨の話をされていたと記憶するのですが。この10年ワールドツアーを通じて選手の技術の解像度が上がり、ツールが増え、手札の機能が的確にマップされた。これらを駆使することで「プランを持って試合をする」ことの精度も上がった。体重別世界で得たその成果をこの特別ルールに持ち込んだ結果、プランに走り過ぎて、意外と投げに行かない。ツアーを見慣れた目からは、このあたり率直なところです。じっくり勝負出来るようになったという言い方も出来るかもしれませんし、いい悪いではなく、感想というレベルでですね。今回、審判の判定傾向は明らかに「流れよりも具体的な技を評価する」方向にあったと感じているのですが、これは意識してか無意識か、この事情のバーター、補完関係にあたる方向性だなとも思いました。皆さま、率直なところでお話しいただければと。
西森 5分という試合時間をどう勝利に結びつけるか、自分の柔道を表現する方法を皆が練って来ているなと。そこは去年に比べて全体的に上手になったと思います。そうすると力の差の開きが少なくなる3回戦や4回戦で、どうしてもその先を見据えて試合を組み立てることになる。すると判定まで縺れる試合が多くなるという印象はありましたね。そのあたりは、古田さんが仰るようにゴールデンスコアで決着がつくルールを見慣れていると物足りなさを感じる部分もあるのですが、上水先生が仰るようにこれを独自の価値と捉えて受け取るというのもありだと思います。そして5分間という長丁場になっても、判定ありとなると、やはり先になんらかのポイントを取ったほうが圧倒的に有利。古田さんが仰る、技術的解像度が上がったことがポイントを取られなくする方向に働いているのではないかというのは、そこですね。ポイントを取りに行くよりも楽、というのは変な言い方になってしまいますが、「取られないでゴールする」というのはかつてに比べると達成しやすいミッションだとはいえる。すると、来年は「先にポイントを取る」というところにフォーカスして皆準備してくる可能性がある。このあたり、来年はどう変化するか楽しみですね。
古田 昨年の座談会では「旗が割れた場合は場内で説明があったほうがいいんじゃないか」や「3-0にならなかったら延長戦でいいのではないか」などの意見も挙がりました。もうすこし引いた目で、「判定あり」周辺のルール整備ということでは、なにか考えられることはありますか?
上水 そうですね。積極性を促すという方向でもし手段を考えるとすれば、良いか悪いかわかりませんが、駆使するツールはいくつか考えられますね。1つは、かつてのように「指導2」は「有効」相当、「指導3」は「技あり」相当というような「注意」「警告」の復活。
古田 なるほど。ポイントを取られた場合、少なくとも積極的に物凄く攻めることで追いつける可能性があり、守る側としては投げられなくても追いつかれたり抜かれてしまう可能性が高くなると。
上水 そういう機能はありますよね。そしてもう1つのツールとしては試合時間ですね。いまは5分ですが、これを6分にするとだいぶ変わるはずです。
古田 !なるほど。さきほど決勝で「8分間は長すぎて組み立てにくい」という話がありました。戦評メモを取っていても、体重別4分のように、ブロックで分けて物語を組み立てて書くのが非常に難しいなと感じました。確かに、試合時間が長いとプロデュース力が隅々までは届きにくくなり、展開が「プラン」に支配される部分は減っていきますね。
上水 少し違った展開は出てくると思います。良きにせよ、悪しきにせよ、ですね。試合時間を6分にすれば、投げての決着は増えるとは思います。どうしなさいということではなく、あくまで、考える際にこういうツールはありますよ、ということですね。
「足取り」

古田 「足取り」について。純技術的な観点と、無差別というレギュレーションに対する必然性としてという2つの論点で語って頂ければと思います。
上水 無差別のルールであれば、これはセットとしてあるべきだと思います。
古田 これは皆さん同感であろうと思います。技術評としては例えば「予想座談会」に参加してくださった垣田恭兵さんから、まだみんな上手くはないね、というような声が聞こえてきたりもするわけですが、「足取り」を知る世代から見た今大会の足取り技、いかがですか?
朝飛 かつては掬投、「足を取って方向転換しながら投げる」あの技術を普通に持っていないと勝てない時代がありましたからね。
古田 標準兵装でしたからね。掬投は。
朝飛 得意技を持っているだけでは試合になかなか勝てないという時代がありました。それが当たり前であった人たちの時代から見ると技術はまだまだですが、例えば高木選手は非常に上手かった。

古田 あれは上手かったですね!さすがに掬投時代最晩年の洗練感、超兵器感まではないのですが、いま自分の体のなかにある装備と「掬投あり」を巧みに組み合わせた、非常にリアルな解でした。戦士感を感じました。こういう技を見る限り、「足取り」の周辺はさらに豊かになっていけそうな予感はします。年1大会でも、全日本にはそのくらいの力があるはず。
上水 間違いなく、ディフェンスの文化が変わると思うんですよね。無防備にただ受けるということはなくなるでしょう。技を誘っておいて脚を掬ったり持ったり、縺れ際でうまく使ったり、あるいは今回増山選手が使った「回転朽木倒」みたいな動きのある技も出てくるはず。「足取り」周辺、2回目ということもあってまだシンプルな攻防に収まっていますが、この先はこういう技術が、旗判定ありの世界における「慎重さ」を埋めるものの1つとして機能していくのではないかと思います。
西森 あとは、やはり「後の先」の幅が広がりましたよね。大外刈・内股系へのカウンターとしての掬投など。今回直接決まった場面はなかったですが、「大内・小内」から脚を取るという足取り技との「連携」なども注目しておきたい。表現出来るものは増えているので、これは間違いなく魅力に繋がると思います。
古田 中野選手が足取りを迷って引込返を食った場面は、軽量級出身にとってはトラウマシーンなわけですが、このあたりも慣れ・不慣れというよりは、常の試合にはない攻防の妙味を感じる場面でもありました。ありがとうございます。
「満員御礼」「出場枠」


古田 今回は満員御礼、しかも珍しいことに朝のうち、1回戦からお客さんがぎっしり入っていました。空いているのはむしろ招待席のみなのでは?という印象。盛況でした社会に何が刺さったかということで少しお話しいただければと思います。ウルフアロン選手が出る、しかも1回戦第1試合に登場するということは、まず1つ大きかったように思いますが。
西森 やはり一般の方との接点はそこだと思うんですね。阿部一二三選手、永山竜樹選手、橋本壮市選手、そしてウルフアロン選手。普段柔道を見ない人でも名前を知っている選手たちが、しかもどうやら大きい選手たちと戦うというのは、素直に「見てみたい」と思わせるものがあったのではないでしょうか。


古田 パリオリンピックでは、一般社会からの柔道への注目度の高さに、正直かなり驚かされました。時間的にまだその余波もあるので、まずこれをうまく使わない手はない。これは今回いい方向に使えていたと思います。社会的に注目度の高い五輪サイド価値観とは、継続的にうまく連携出来ればと思います。そして上水先生は「体重差のある戦いがこれだけ魅力あるものと捉えられるんだったら、大会の価値をアピールするうえで、色々な階級の選手が出ていることはもっと押し出してもいいのではないか」と仰っていましたが、皆さまこのあたりいかがでしょう。「出場枠」というところに絡んでくると思うのですが。
西森 かつて「指定選手制度」というものがあった時代もあるんですよね。あらかじめ指定した選手には出場権があるという。もちろん、地方の予選で勝った選手も出られるわけですが、このあたりをどう捉えるか。「予想座談会」で古田さんからも提案ありましたけど、たとえば講道館杯を優勝した選手は指定選手として出られる、などは考えてもいいかもしれません。
古田 予選の時期が世界選手権の予選であるワールドツアー冬季シリーズにかかるため、そもそも体重別制のトップ選手は挑戦出来ない。いつまで経っても手を付けられない、この事情に対する解決策にもなると思います。・・・そもそも、少し強い言葉で言えば「意味なく強い選手を弾き過ぎ」と思います。弱体化する皇后盃になるとこの事情はさらによく見えるわけですが。出場枠を厳しくすることと大会の権威はいつもかならず比例するというわけではないのです。ここは惰性で続けるのではなく、実情に沿ってきちんと考えてもらいたい。厳しい出場枠も、つまりは「全日本選手権の価値を最大化する」というのが目的なわけですから、やりたいことは同じ。目的と手段の関係をひっくり返さず、単に同じやり方を引き継ぐのではなく、いま、この時点でどのやりかたが目的に適うのか、常に検討を続けてもらいたいですね。強い選手が、「強さ」「弱さ」「モチベーション」以外の事情で全日本選手権にトライ出来なくなっている、この現実には真摯に向き合うべきだと思います。
西森 ただ、選手の数が多くなると大変ですね。1日のトーナメントに収まらない。
古田 西森さん、それはもう、2日間開催にするしかありませんよ(笑)
西森 かつては2日間開催の時代があったわけですからね。どういう形がいいのかを常に考え続ける姿勢は持ちたい。
古田 上水先生、「軽い階級の選手が大きい選手に挑む」というストーリーが非常に受けた、見ていても面白いというところで、これを拡大する手はありだと仰っていました。私たち内部の人間にとっては「もともとあったもの」なので体重差のある戦いに不感症な部分があるかもしれませんが、実はかなり特殊なことですよね。
上水 仰る通り、無差別の概念というのは日本独特だと思います。近代スポーツの特性として「平等性」というものがあります。柔道の体重別制も近代スポーツ、つまりはオリンピック種目としての観点で、「平等性」を大前提に整備されたレギュレーションです。当然それはあっていいんですけど、敢えてこの平等性を度外視した、真のチャンピオンの決定戦をやろうという試みを日本で、近代スポーツとは異なる価値観である「武道」の名を冠した会場で行うというのは、これはあっていいのではないかと思います。
古田 対人格闘技であるにもかかわらず、「全力を出し合って勝負出来る」という形で技術体系が整備された、柔道というもののもともとの特徴も良く生かしていると思います。柔道人は当たり前すぎてあまり意識していないかもしれないのですが、練習段階から全力を出して、体格の異なるものもぶつかり合える格闘技というのはかなり珍しい。
上水 「無差別」の魅力を押し出すなら、足取りも含め、講道館柔道の技術が最大限に発揮出来るように、ルールはしっかり整備したいですね。異なる階級のもののチャレンジを大きく押し出す、ありだと思います。日本国民には判官贔屓という嗜好は確実にありますから、義経をいっぱい作ることは、その感情を良い意味で刺激すると思います。弁慶同士のぶつかり合いも面白いですけど、義経を上手くプロデュースすることはもっと積極的に考えていい。2022年の全日本学生優勝大会決勝、村尾三四郎対斉藤立の代表戦14分間の激闘、あの盛り上がりは凄まじかったですからね。
古田 フランスの「エスプリ柔道」から、いったい全日本選手権のどんなところがそこまで人を惹きつけるのか、と私のところに質問が来ているのですが、皆さまの意見を参考に答えておこうと思います。
「武道」としてのブランディング、「演出」
西森 さきほど話題に上がった出場枠に関しては、どこに線を引くかというあくまで「程度」の問題ですよね。いまのトップ選手の試合数は過密で、国際大会に出なければいけない軽い選手が予選に参加することは現実的ではない。古賀稔彦さんが予選を勝ち抜いた時代とは、そもそも代表選手を巡るスケジュール事情がまったく違う。
古田 そうです。0か100かという問題ではなく、「程度」。やりたいことに照らして、いい塩梅を見つければいい。このあたりに関しては、少なくとも主催者はもっとイベンターとしての視線を持った方がいい、という言い方をしたいと思います。単に大会を与えられた枠で毎年こなすだけではなく、どう興行としての価値を上げるかというマクロな演出視線が欲しい。これだけの巨大大会を遅滞なく運営するにはそもそも凄まじい手腕と労力が要るので、この部分の現状には十分なリスペクトを払った上でのことですが。出場枠、プロモーション。何をアピールするかを明確にして、そこに向けてきちんと行動してほしい。言葉にすれば「ブランディング」が欲しいですね。ここ、柔道、はっきり上手くないです。
西森 大がかりではなくても、すぐ出来ることはありますよね。
古田 そうですね。そこでは私、よく「礼法」のことを話しています。「こうあるべきだ」という原理的な話だけでなく、演出面、武道的側面を押し出すブランディングとして、私は「全日本選手権の礼法」を制定して順守させることを強く推したい。原理的な話としては、もちろん「全日本選手権に出る選手は公の存在なんだから、柔道を代表するものとしてきちんと礼法をやりなさい」ところ。そして演出としては「これほど、全日本選手権が、体重別世界のJUDOと異なる世界であることを雄弁に示すパフォーマンスはない」ということですね。
上水 なるほど。
古田 「形」の立礼から、大きく幅広く一歩前に出る。あの動作を使えばいいと思います。 オリンピックで柔道に興味を持った人がテレビをつけると、体重無差別で独自ルールで行われている「全日本選手権」というものをやっている。見ると、出場者全員が、ビシっと踵を合わせて、相手と呼吸を合わせて、背筋を伸ばしたまま掌を膝の上まで滑らせて綺麗な礼をして、左足から大きく一歩前に出て、構えて、審判の発声を待っている。そこで「はじめ」が発せられる。実に異化が効いています。言葉でいかに「全日本選手権は、武道の価値観に連なる特別な大会なんだ!オリンピックの柔道とは全然違うんだ」と幾ら叫んでも、文字にしても、一般のひとたちにはほとんど伝わらないですよ。でもこうやって「絵」で見せると、語らずとも「あ、私たちが見ているオリンピックと、日本の『柔道』はどうやら違う世界なんだ」とわかってもらえます。こういう、何を大事にしてどうブランディングしていくのかという演出心を持って欲しい。神は細部に宿ります。イメージ作りは、こういうことからですよ。

古田 ・・・礼法自体について言うと、私、自分が普段指導している子どもたちにたとえば講道館杯やグランドスラム東京、「柔道のトップ大会をぜひ見なさい」と言い難いんですよね。自分が解説している大会であっても、です。普段「きちんと礼をしなさい」と教えているのに、トップレベルの試合を見るとその世界観が壊されてしまうから。大事だと言われて頑張っていることを強い選手があっさり蹴飛ばしている様を見て、子どもが傷つくから。「まあまあ、いいじゃないか」と見逃して来た歴代のひな壇の先生には「あなたがたが勝ち負けのことだけ考えて来て、強いんだから別にいいじゃない、という価値観でやって来たから、今の選手にもまあまあ、とこれを許すんでしょう。この美しくない世界を作ったのはあなたたちですよ」とまとめて苦言を呈したいです。
朝飛 本当にいま、古田さんが仰った通りです。強い選手がしっかり礼法を行う様を見て、その選手に憧れるというのが私たちの理想です。剣道の試合では、綺麗な「面」を取ったとしてもその後の所作が悪いと取り消されると聞いています。
古田 剣道はブランディングが上手いですよね。柔道がオリンピックにベットして「勝ち負け」に振った一方、剣道はカウンターとして行ったイメージ戦略ひとつで生き残ったという見方があります。竹刀を当てるという、古流剣術の「斬る」とは技術的には関わりのないアクティビティを、日本の武道に連なる営みとして大々的にアピールして、日本の伝統的価値観にジョインしたい人たちのニーズに嵌った。この点、競技で成績を残したものが組織の上に立ち、「生存バイアス」に依って物事を考えることとなった柔道が、勝ち負けの外側のブランディングが上手でないのは、実は歴史的な帰結なのかなとも思います。
朝飛 いまの選手たちは、インタビューなどでも「周りへの感謝」「相手への敬意」をきちんと語り、凄くしっかりしています。礼法はまさにそれを、わかりやすく表すものですからね。一層気を配って欲しいですね。
古田 緊張からだと信じたいですが、前代未聞、なんと右足から出てしまった選手がいる一方、やっぱり素晴らしい「礼」を見せてくれる選手がきちんといましたからね。

朝飛 今回もですが、近年では古田伸悟選手の礼法が素晴らしいですね。もともと綺麗な礼をするかたでしたが、指導者になって一層、そういうことを感じるようになったのだと思います。
古田 あの礼法が格好いい、真似したい、と思わせるのはそれ自体が立派なブランディングですよ。
西森 最高峰の大会ですからね。そこに出る選手は柔道家として、最高峰の舞台にふさわしい礼儀を身に着けているべきですし、当たり前のことを当たり前にやって欲しいですよね。競技力だけあればいいというわけではない。
古田 テレビで柔道を見せると、その「競技力さえあればいい」というメッセージが伝わってしまうのではないかと、子どもたちに奨めることに私、少し忌避感があるんですよね。・・・柔道家こうあるべきという原則論で話すと、お偉方に「制度で強制することではない」と反発されてしまうかもしれないので、ここは私「ブランディング」「柔道の価値を上げるための措置」として、制度化を提案したいですね。そしてたまたま礼法を例に出しましたが、「演出」へのまなざしを持って欲しい、プロモーション以外の「ブランディング」をもう少し考えて欲しいということです。・・・少し私、喋り過ぎました(笑)。
「特撰乱取」に感じるセンス
西森 ブランディング、プロモーション、演出。この座談会ではこれまで時々「特撰乱取り」の話が上がりますが。例えば三船久蔵十段と佐村嘉一郎十段の特別試合、古田さん、あれ、どの舞台で行われたかご存じですか?
古田 西の佐村か東の三船か、不敗を誇る東西のレジェンドが相まみえたスーパーイベントですね。中学時代に読み込んだ経験から「三船七段に送足払、浮落などの技閃きたり」というフレーズはすぐ口をつくのですが、子どもの頃は「人」への興味で読んでいましたからね。はて。。
西森 あれ、戦前の第一回全日本柔道選士権大会の「高段者特別試合」なんですよ。
古田 !
西森 若い現役の選手たち以上に、この2人のレジェンドが戦うことが注目されたんですよね。当時三船さんは47歳、佐村さんが50歳。新たに立ち上げた「全日本選士権」というイベントに注目してもらうために、このカードを、しかも決勝の後に持ってくるこのセンスの高さには、学ぶべきものがあります。
上水 そういう発想はもっとあっていいですね。
古田 企画者の「どう注目させるか」から考えたマインド自体、そして実現させた能力。これは素晴らしいですね。いいじゃないですか!準決勝と決勝の間にビッグカードを組んで、TVにも中継してもらいたい。試合でなく、乱取りがいいな。
西森 そうなんです。試合もいいですが、乱取りが美しいかなと。年を重ねても修行を続けられること、そして競技スポーツ選手としてとは違う、柔道家としての技術の深まりも見せられます。「現役時代にはやらなかったこの技を、あの人がいまやっているんだ」というようなことを見せられれば、それは凄くいいメッセージになりますよね。
古田 なるほど、「乱取り」形式で今も稽古を続ける往年の名選手同士が技術の冴えを競うというのは、生涯柔道の価値観アピールとしても素晴らしい。決勝に臨む選手にもうまくリカバリーの時間を作れますし。

西森 スターがいる、そして動けるボリュームゾーンは、いまの40歳代前半から、50歳代前半という感じですかね。
朝飛 であれば、上水先生、いけますね!
上水 (笑)
古田 夢は膨らみますが、具体的なカードの話は面白すぎてきりがなくなりますので、読んでくださるファンの方々にお任せしましょう(笑)
「カード」

古田 「興行」としての話が出たので、もう少しこの観点から。今回は永山竜樹選手と入来巨助選手という「最軽量vs最重量」という心躍るカードがある一方で、たとえば昨年超巨大小川雄勢選手を幾度も浮かせた81kg級の佐藤佑治郎選手が66kg級の阿部一二三選手とマッチアップ。ともに「大型狩り」を期待される好役者が潰しあうという少々勿体ないカードもありました。組み合わせもう少しどうにかならないかな?という思いと、しかし「公平性」という、人の機微に触れる危惧もあります。全日本の良さを引き出す組みあわせと、公平性、このあたりのバランス、うまく解決する方法はないですかね?
西森 恣意的に組み合わせをいじるということには、やっぱり抵抗はありますよね。
古田 抽選の前にも既に「シード」があったり、実は既にかなり手は入っているんですが
西森 そう。しかし実際そうであっても、直接いじることを人は嫌がる。ただ、コンピューターで抽選するときの配慮すべき因子、条件として「体重区分」を入れることは出来るのではないかと思います。
古田 なるほど。現在は「同地区は対戦しない」、あとは、例年の組み合わせから読み取ると「同所属は対戦しない」と、さらにおそらく「出身大学」までは項として入っていると推測されます。ただ、東海大学出身が多過ぎることで、おそらく選択がかなり限られたりしているんでしょうけど。
西森 同じ高校出身はこれまでにあったので、因子としてはなさそう。・・・どんな条件づけがいいのかなと考えたのですが、例えば全出場選手の体重を上から半分までと下から半分までで分けて、初戦は「上同士・下同士」は当たらないとか、そういうやり方は考えられますね。
古田 これも前項の「演出」「ブランディング」。どういう価値観を押し出すかで、因子を決めていくべきですね。
西森 そもそも無差別なので誰と当たっても仕方ないわけですが、一方で全日本選手権らしさをきちんと表現するには、「敢えて体重差がきちんとあるマッチアップを、トーナメントの早い段階で実現する」というのはありではないかと思います。
古田 同感です。
西森 ただそのためには、きちんと正しい体重を申告してもらわないとですよ。
朝飛 ウルフ選手、今回は「96キロ」で申請していましたからね(笑)
古田 予想座談会でなぜ彼はこんなに絞っているんだ、それとも陽動か、と推測が飛び交う事態となりましたからね。ウルフ選手本人も、前日会見で「誰かに嵌められた」といきなり体重を訂正して笑いを取るところからスタートしていました(笑)。上川大樹選手もかつて20キロ軽く申告して、インタビューで「大して変わらないでしょう」と語っていたそうです。150キロを超えるとまた感覚も違うのでしょうけど、ここも主催者がきちんと縛って欲しいところです。ファンにとって、選手の基礎データは観戦の命なんですから。これも「興行」です。ファン目線でお願いしたい。いずれ、組み合わせに「体重」のフィルタ。これは現実的に考えてもいいのではないかと思います。
「観客席」「運営」

古田 「ファン目線」の話になったので、観客席側視点で少し。運営面ですね。朝飛先生、おそらく現場で全試合観られたと思うのですが、今回お弁当食べられていないですよね?
朝飛 大丈夫です。おにぎりを食べながら見ました(笑)
古田 3回戦と準々決勝の間など、区切りで僅かに休憩があるんですが、今回はおそらくすべて「1分」とかでしたよね。私もそこでトイレにダッシュしただけで、あとはずっと座り続けて、おにぎりを齧りながら見ていました。カメラマンはトイレに行く時間すらなく大変な危機だったそうですし、うちのスタッフも食事はしていないです。
西森 物凄く試合間が詰まっていましたね。参加者の数に対して開始時間少し遅いかな?とは思いましたが。
古田 運営の方々は率直にクレバーですし、手腕も神レベル。毎度見ていますが凄まじい「シゴデキ」です。次回は間違いなくきっちり調整してくるでしょう。お客さんに全試合、いい状態で見てもらえるというのはやはり大事なことですから、ここは期待しています。いまの「遅滞なく試合が連続する」素晴らしい運営に加えて、適切な間合いで適度な休憩があるという状態が実現されるはずです。
古田 お客さんの観戦環境についても、少し話が出来ればと思います。
上水 これは日々思うことですが、柔道は現場に足を運んでくれる観客をもっと大切にした方がいいです。この点はまだまだ至らないところがたくさんあります。
古田 ある実業団チームのスタッフの方が試合後SNSに投稿されていたのですが。他競技のサポートもされている方と一緒に仕事をしていたところ「いろいろな競技のサポートをしてきましたが、アリーナの一番いいところのひな壇に、役員があんなにずらっと座る競技はみたことがない。あの人たちは仕事があってあそこにいるんですか?」と聞かれてしまったと。その投稿を見て反応した方が「今回はオリンピック選手が出ると聞いて、アリーナ席を買って勇んで会場に行ったら、一番いい席は役員の方々が座っていて、自分の席から試合場まではかなり遠い。こんなに高い席を買ったのにがっかりした」との旨ポストしていました。
西森 これは全日本選手権に限らず、いろんなところで指摘されていますね。
上水 大相撲を参考にして、砂かぶりは全部観客にするとなど、あってもいいと思います。
古田 先ほどイベンターとしての視点を持って欲しいと言ったのはその辺でもありますよね。向くべきは組織の内側ではなく、外側であるべきです。ここは一択、必要最小限の実務者を残して、お歴々は上階に上げるしかないです。現状は控えめに言って、美しくない。逆にアリーナは値段を高くして理解あるファンの集う場とし、役員の方々は、どうしても近くて見たかったら、その高い席を買えばいい。
上水 おっしゃる通りだと思います。
西森 観客をもっと大事にしたほうがいい。これは間違いないです。・・・ちなみに私はひさしぶりにアリーナではなく1階に上がりましたが、純粋に試合を見るのであれば、1階席の方が実は観やすかったりもします。アリーナ席は、前に誰が座るかで結構環境が左右されます。これは豆知識として。
古田 全日本学生優勝大会や全国高校選手権も、実は「上階の真ん中」が大会の流れを掴みやすかったりしますね。・・・ただ、本来はアリーナ席の見やすさを上げる方向で考えるべき。高いお金を払ってもらってアリーナに座ってもらうなら、傾斜の付け方とか、「どう見てもらうか」にはイベンターとしてもっと気を配っていきたいですね。あそこに座りたい方は、何千円かチケットが高くなったとしても、「きちんと見える」ことのほうが嬉しい層の方々だと思いますし、「高いけど快適」を目指すほうが、断然ありがたいと思います。
西森 同感です。
古田 「見る」観点で賞賛しておきたいのは、オフィシャルプログラム。有力選手インタビューに加え、座談会、かつての名選手インタビュー、文化・技術にフォーカスした柔道史コラムなど、「読み物」として素晴らしい。これはわが業界の誇りと言っていいと思います。
西森 毎回、会場入りしてから試合開始まで、読むのが楽しみです。
古田 西森さんは「名選手」企画に関わってもおられますね。私も、取材準備に先んじてまずこれを読むのですが毎回時間が足りない(笑)。今年は有力選手インタビューのほか、五輪メダリスト&世界王者の推薦枠選手インタビューも掲載。「名選手」は養父直人さん、山﨑茂樹さん、久保田茂さん、大漉賢司さん、高橋宏明さん。コラムは講道館技術専門官・津村宏三さんの「審判規定上の禁止技変遷」という非常に示唆的で野心的なもの。このところ「技」史にこだわっていてとんでもなく面白いです。皆さん、ぜひ会場で読んでください。
来年への期待

古田 すっかり長くなってしまいましたが、このあたりで令和7年度振り返り座談会、締めさせて頂きたいと思います。最後に、「来年への期待」ということで一言ご挨拶と申しますか、締めの言葉を頂戴出来ればと。朝飛先生、西森さん、上水先生の順でお願い出来ますか。
朝飛 毎年、最高峰の試合が見られて感激をして帰るんですけども。やはり、オリンピアンに地方から出て来た選手、色々なタイプの人が出て、同じ場で輝くことが大きな魅力だと思います。また新たな人が、日本武道館の場で輝いて、大会を盛り上げてくださることと期待しています。
西森 「予想座談会」とこの「振り返り座談会」、結構長くやらせてもらってますけど、回を重ねるごとに、出場する選手がこの舞台で勝つためにどんな努力を重ねているかがよく見えるようになり、そして知れば知るほど感情移入して、本番を楽しめるようになっています。来年もぜひ、今年沸かせてくれた選手たちの成長した姿を見たい。そしてまた新たな「沸かせる人」の登場に期待したいと思います。
古田 ありがとうございます。では、締めに上水先生、一言お願いいたします。
上水 全日本選手権が、新たな価値を創造しています。再構築の時代と言っていいかと思います。そして来年はルールが変わって3年目。さらにバラエティ溢れる、面白い試合が見たいなと思います。色々言ってきましたが、魅力ある試合こそが多くの人を惹きつけます。これは変わりません。体重、出身、競技歴。色々な色のある選手にチャレンジしてもらい、今回以上に豊かな、魅力ある試合を繰り広げてくれることに期待したいと思います。
古田 ありがとうございます。みなさま、長い時間お付き合いくださり、ありがとうございました!
(了)
スポンサーリンク