【スペシャルインタビュー】名将が語る”思い出の高校選手権”/「忘れられない初優勝、新たな時代開いた鈴木桂治代」(国士舘高校・岩渕公一)

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第45回全国高等学校選手権大会・公式プログラム連動企画として、スペシャルインタビュー「名将が語る高校選手権/国士舘高・岩渕公一監督」ロングバージョンをお送りします。「寄り道」も敢えて交えて、プログラム版ではお届けし切れなかったエピソードも紹介。ぜひお楽しみください。

聞き手:古田英毅 / 協力:学校法人国士舘高等学校柔道部

岩渕公一(いわぶち こういち)
1955年生まれ、岩手県出身。国士舘大学卒業後の1978年から国士舘高校で指導に携わり、監督として全国高校選手権では10回(最多タイ)の優勝を成し遂げた。現在は国士舘中・高等学校で校長を務める。

緊急登板きっかけに指導者の道へ

―― 「思い出の高校選手権」というテーマでお話をうかがいたいと思います。岩渕先生が指導を始められたのは、1978(昭和53)年ですね。

岩渕 そうです。国士舘大学を卒業してそのまま寮の舎監として残り、国体要員として声を掛けてくださった長野県と行ったり来たりをしていました。臼田高校の非常勤講師という立場で週2日間は向こうで授業。それが、川野(一成)先生が8月のインターハイの大会中に倒れられて。

―― 斉藤仁さんを擁して団体戦2連覇した時ですね。

岩渕 そうです。まだ川野先生が授業に戻れないということもあって、10月から非常勤で国士舘高校に務めることとなりました。まずは斉藤仁がいる3年生の掌握からです。私がそれまでと変わって突如厳しくなったということで反発もありましたし、なかなか大変でした。3年生が先鋒から順にガンガン乱取りお願いしに来て、途中で「俺を回そうとしているな」と気づいて怒鳴ったりね(笑)。

―― 斉藤さんとはそれまでも先輩として乱取りをしていたわけですよね。

岩渕 高校2年生まではやれていましたが、3年生からもう一気に強くなりましたね。でもこちらも若いですから、簡単には引っ込めない。色々なことがありました。…彼が大学を卒業するときに寮の廊下の端から端まで、舎監部屋の前までダーッと走ってまっすぐ向かって来るからこれは何をされるかと思わず身構えたものですが、抱きついて涙をこぼして「先生、色々迷惑かけました」と。感動したり安心したり(笑)。とにかく真剣勝負の毎日でしたね。

―― 第1回の高校選手権が指導者になったばかりの、1979(昭和54)年の春。1979年から常勤になり、翌年からは専任として勤務して指導に当たられました。選手権初期の思い出は?

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