【eJudo’s EYE】イナル・タソエフの隅落に思う、日本は粗雑な「めくり無効」提案を改めて恥じよ/ドーハ世界柔道選手権100kg超級「評」

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文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

100k超級決勝、イナル・タソエフの隅落。一時「技有」が宣された。

100kg超級決勝、イナル・タソエフがテディ・リネールの右払腰を返して投げた。片足になった釣り手側の肩を落とし、背中から畳に叩き落した。相手を制している。コントロールが効いている。当然「技有」が宣されたが、これは「めくり」の判断で取り消しとなった。

後日(5/17)になって、IJF審判委員会が「あれはポイントの可能性があった。我々のミスである」と認めた。2013年の「ゲルビチョーク」の一件と同様、おそらく結果は覆らないだろう。それはもう仕方がない。これが本当に「技有」あったのかどうかも、この稿では実はどうでもいい。それがアジェンダではない。

ただ、かかる混乱、相手の体を巧みに制して畳に落とした明確な「投げの技術」が「認める・認められない」という俎上に乗ってしまうという混乱の土台には、そもそも「めくり」の禁止措置という愚策の存在がある。これは改めて強く意識せねばならない。もちろん筆者も、既に伏せた相手を単なる位置関係の移動によって(またいだりジャンプしたりする行為で)、仰向けに体勢変更を強いる行為はポイントにすべきではないと思う。ナンセンスだ。ただ、それは「相手の体を制していない投げはその効果を認めない」なり「腹ばいに伏せた相手に対する投げは認めない」なり、明確な基準を定めておけばいいだけの話である。わざわざ「めくり」を標的にすることはない。完全な主観であるが、筆者は、単に「気に入らないから」と提案された思い付きレベルのアイデアに、本来定めるべき明確な基準を添えないまま、提案者の顔を立てる形で実施にGOサインを出してしまった(この経緯は妄想である)、技術とは別の事情に立脚したダメルールだと思っている。

これについて昨年4月にかなり厳しい批判のコラムをものしてみたのだが、あまりの多忙と、感情のボルテージ上がり過ぎた末の研ぎの甘さ、論点の散らばり、そして読解力なきものたちが個人攻撃と誤読した場合に起こるであろう「炎上」への億劫さからいったんボツとしていた。ただ、今回、タソエフの「技有」取り消しを巡り、世の中一般の人がこの「めくり禁止」という粗雑なルールを提案した大もとがどこかをほとんど知らない、ということを聞く機会があり、再び感情のボルテージが上がってしまった。「単にIJFが禁止したから日本でもそうなったのだと思っていました」というコメントを幾つも聞いて、腸が煮えくりかえりそうだった。ゆえに今回、粗さは承知で出すことにする。

まず。この粗雑なルールを提案したのは、日本だ。

ここ10年のIJFルールは、どんな変更であってもすぐに理由が読み解けた。背景にどんなプログラムが走っているかが明確なので、アウトプットの解釈はそれほど難しくない。方向性がはっきりしている(組み合って投げ合う+安全性)ので、表面的な「いったりきたり」はあれど、アウトプットは常に一定の方向性を持っている。「なぜこうしたのか」がわかる。時に一見奇抜な提案あれど、それはIJFの持つ方向性から実は乖離していない。文脈に沿ったものであった。

それが、突然まったく方向性の違う頓珍漢な提案が出て来た、これはどういうことなんだ?と戸惑っていたら、日本の提案だったのである。(あまり柔道界の事情に詳しくない人のために申し添えると、もちろんこれは強化サイドなどとはまったく関係のない、IJFに出入りしている上層部、「殿上人」たちのアクションである。)

IJFが技術に関してルールを変える時、特に何かを禁止するときには、かなり細かく隙を潰してくる。理論武装して、ラインを明確にして、突っ込みどころを潰してから発表する。それが粗雑な「これは禁止」という映像例だけで言い下ろして来た。どうもいつもと違うなと思ったら、日本の提案だったというのである。

愕然とする。このルールは、柔道の自己否定だ。過去の柔道を否定し、未来の柔道の可能性を潰し、柔道が柔道たるアイデンティティをまるごと否定するものだ。

そして恐ろしいことに、各種発信から察するに、提案者たち(日本)は、己が柔道を否定した、柔道を殺そうとしたということなど、まったく気づいていない。おそるべき不感症だ。普段ものを考えていないので、自分たちがどんなに重大なこと言ってのけたのか気づくことすら出来ないのではないかと疑ってしまうくらいだ。提案者たちは改めてその愚かさ、柔道に対する愛情のなさと解像度の低さを自覚し、恥じるべきだ。

以下はその際のコラムに加筆したものである。表題はその時のまま、本文は今回振り返る形でリライトした。

【eJudo's EYE】「めくり禁止」は天下の愚策、日本の提案者たちは己の見識のなさを恥じよ

「講道館の技名称にないから」という“自殺発言”

この「めくり禁止」(正確に書けば「技の効果を認めない」)と「韓国背負いの禁止」が国内で初めて実施されることになった2022年春の選抜体重別の直前、新ルール講習会に参加した。同大会を報じるメディアのために持たれたクローズドの勉強会である。講師は当時の日本の審判委員会のトップに座る方だった。もちろん発案者ではないが、IJFからの一次情報の国内伝達責任者であり、その説明にはかなりの注目が集まった。

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