文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta
今年も全日本選手権は素晴らしかった。準決勝戦に残ったのは王子谷剛志、羽賀龍之介、太田彪雅、田嶋剛希の4人。「重量級の王座経験者」3人に、大型を投げることに生き甲斐を見出す90kg級の初出場選手1人という構成だ。ベテランの経験、新人の勢い、大型同士のぶつかり合い、そして「小よく大を制す」の醍醐味。全日本の魅力が凝集している。まるで全日本の神が、己の魅力を示すためにわざわざ選んでくれたかのような面子ではないか。この準決勝進出メンバーの顔触れに実に端的。代表不在もなんのその、全日本はやはり面白かった。
今回は超過密スケジュールゆえ腰を落ち着けて詳しく書くことは難しく、思いのたけは「振り返り座談会」で吐かせて頂いたのだが(5月中公開予定)、短く、簡単にインプレッションをまとめておく。評は計4題。まずは優勝した王子谷剛志のパフォーマンスについて。
原点揺るがせず、上積み見せた王子谷
王子谷の原点は「前進柔道」
たぶん2012年、西潟健太と岩尾敬太を破ってベスト4まで進んだ大学2年次の講道館杯だったと思う。「何もそこまで前に出なくても」と記者席でのけ反ったことをよく覚えている。とにかく前に出る。刷り込むように前に出る。ご存じの通り「前に出る」(前進圧力)は競技柔道における進退の基本だ。やりたいことをやるにも、相手の力を利用するにも、絶対必須の前提条件である。だから前に出ること自体は、誰でもやる。ただ、王子谷剛志のそれはものが違った。ここまで前進を徹底する選手、「前進」をポリシーの最上位に据えた選手は見たことがなかった。まるで己の柔道がそのために存在するかのごとく。相手が組み手を持ち替える、僅かに柔道衣を握り替える、支釣込足を打とうと一瞬片足になる、その「毛」の隙間に全て前に出る。相手は技を打とうとするたびインパクトをずらされて己が崩れ、姿勢を直そうとするたびその衝動自体で後ろに下げられる。甚だしきは、相手が突進を止めようと足元に入れる蹴り崩しの「内側払い」の間にすら両足を前につけたまま前に出ていた。中学時代の王子谷が、下穿に金色で「パワー全開」(だったと思う)という座右の銘を刺繍していたことを思い出した。(記憶違いならごめんなさい。確か、帯同していた若潮杯武道大会の練習試合場で目撃しました)
この「前進圧力」への異様な傾倒が王子谷の出世のエンジンとなった。以後の活躍はご存じの通り、全日本選手権の優勝3回(今年度大会開始時点)は現役最高位で歴代4位。代名詞の大外刈も、これを恐れた相手に閃かす支釣込足・浮落の威力もすべてこの「前進」があってこそだ。王子谷の柔道は、前進があってこそ巡る。
少し脇道に逸れると、ここには大学入学後の明確な指針があったという。東海大・上水研一朗監督に先日話をお聞きしたところ「どちら(の方針)か迷った」という。間合いを取るのか、それとも徹底的に前進させるのか。普通なら間合いを取るのだろうが、特性を考えて、あまりない「徹底前進型」を示唆したとのこと。上記の「仰け反った」時期と被る。明確な強化方針があったわけだ。
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