「善とは何かというに、団体生活の存続発展を助くるものは善で、これを妨ぐるものは悪である。」
出典:「柔術と柔道の区別を明確に認識せよ 本年度講道館鏡開式における嘉納師範訓話の要領」
柔道7巻2号 昭和11年(1936)2月 (『嘉納治五郎大系』1巻71頁)
生徒A:「先生、『精力善用』って何ですか?」
先生:「柔道を創った嘉納治五郎師範という方が考えた柔道の大切な教えだよ。」
生徒B:「大切な教え!具体的にどういう意味なんですか?」
先生:「心と身体のエネルギーを『善』、つまり善いことに使うことだよ」
生徒C:「素晴らしい考えですね。でも、良いことって具体的にどんなことなんでしょう?」
さて、読者の皆さんなら、どのように答えますか?
「善」または「良いこと」、とても響きが良い。と同時に、思考停止を招くこともある言葉です。同じ状況、同じ「良いこと」でも、人によって、その内容が異なることは少なくないでしょう。
悪いことだと意識して、悪いことを行う人は、あまりいません。それぞれが「善」と思ったことを実行しながらも、衝突は繰り返されます。
無意味な衝突は精力の浪費であり、師範の忌むところです。さらに、講道館柔道において重要なもう一つの概念「自他共栄」にも反します。無駄な争い(精力の浪費)を起こさず、「自他共栄」を成立させるためには、何を「善」とするか、万人が納得する共通解を持つことが必要です。
思慮を重ねた結果、師範が導き出した答えが今回の「ひとこと」である「団体生活の存続発展を助くるもの」でした。
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