【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第44回「 平素倒れまいということにあまり拘泥していると、巧みに倒れることが出来難くなる。巧みに倒れることが出来ないと、無理に頑張るようになる。そういうことから怪我もすれば、負けもする。 」

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嘉納治五郎師範_MASTER JIGORO KANO

「 平素倒れまいということにあまり拘泥していると、巧みに倒れることが出来難くなる。巧みに倒れることが出来ないと、無理に頑張るようになる。そういうことから怪我もすれば、負けもする。 」

出典:「近く講道館に設けんとする特別練習科について」 柔道 8巻7号 昭和12年(1937)7月
(『嘉納治五郎大系』1巻282頁)

嘉納師範が明治15年(1882)に創始したとされる講道館ならびに講道館柔道。始まりは12畳の書院兼道場とわずかな門人でしたが、その普及は創始者の想像を超えるスピードですすみました。予想外の普及が、師範にとって大きな喜びであったことは、簡単に想像できますが、一方で、師範の理想とは異なる形での展開だったことが残された史料からもうかがえます。

師範の柔道に関する活動の多くは、柔道を社会に広めると同時に、自らの手を離れた柔道をいかに理想に近づけるかという格闘の歴史だったと見ることもできます。
 
そのような活動のうち、晩年のものの1つが、今回の出典に出てくる講道館「特別練習科」の設置でした。師範は武術と体育が乱取の主要な目的であると主張します。明治22年の時点では、「武術=勝負」を乱取では危ないので、形で練習すると言っていましたが、形の振興が思い通りにいかなかったためか、この時期、乱取にも武術の稽古法としての面を期待していたようです。

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