「思慮が及ばぬならば、人を罪せぬ考えに落着するがよい。」
出典:「思慮と決断」『青年修養訓』 明治43年(1910)
12月 (『嘉納治五郎大系』7巻236頁)
大切なものが見当たらない時、「なくした!」あるいは「誰かに取られた」と周りの人を巻き込んで大騒ぎ。ところが、結局、自分の勘違いだった・・・。そんな経験、皆さんはありませんか。
一体なんの話と思われるかもしれませんが、師範はこういった行動を「軽率な思慮」であると断じます。そして、この「軽率な思慮」に対する戒めの延長線上に今回の「ひとこと」、「思慮が及ばぬならば、人に罪せぬ考えに落着するがよい」が存在します。
引用元において、師範は何か紛失した際の対処法に、少なくない文字数をさいています。
簡単に紹介すると、物がなくなったら、第一に自分の行動をよく思い出す。何度も探す。それで見つからない場合でも、大騒ぎせずに、信頼出来る人に相談するべきと言いますが、それだけではありません。
仮に紛失物が他の人の所から出てきも、それだけで疑うべきではないと言います。なぜなら「真の悪をするものは、往々他人に禍を嫁するような謀をしておく」-本当に悪い人は、他の人に濡れ衣を着せるようなことをする-からとのことです。また、自分が貸していたのをたまたま忘れる、または「悪意のない間違いもある」など様々な可能性があると言います。
さらには、仮にその人が本当に犯人であったとしても、軽率に口外して騒げば、分かるものも分からなくなる可能性まで指摘しています。
ここまで来ると、まるでミステリー小説に出てくる名探偵みたいな話です。
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