世にあまたある柔道マンガを、「柔道」側からの視点でよもやま語って批評する「eJudoマンガ夜話」。第1回の序章「ヒット作の条件は?」、第2回「からん」に続き、今回はいよいよ傑作「帯をギュッとね!」(少年サンデーコミックス・河合克敏)を取り上げます。粉川巧の技に、浜高の面々の躍進に、そして海老塚さんや近藤さんのビジュアルに胸ときめかせた90年代の若者たち、特に必読です。
<<「帯をギュッとね!」 あらすじ>>
中学3年生の昇段試験で出会い、揃って「抜群」の6人抜き昇段を果たした実力者たちが、まだ柔道部のない新興校の県立浜名湖高校で再会を果たす。主人公の粉川巧、同じ北部中学の杉清修、南部中学の斉藤浩司、東部中学の宮崎茂と三溝幸宏の5名である。これに巧の幼馴染の近藤保奈美とその友人海老塚桜子を加えた7人が同じクラスとなり、担任である倉田龍子を顧問に迎えて新たに柔道部を立ち上げる。出来たばかりの1年生チームは巧を軸に奮闘、最初の地区予選でベスト4に入る活躍を見せ、コーチとして関わる倉田典膳の導きもあって全員が徐々に強くなっていく。丁寧な柔道シーンの描写はもちろん、「NEW WAVE JUDO COMIC」と銘打たれた通り、当時の週刊少年サンデーらしいスタイリッシュな絵柄に軽妙なストーリー運び、随所に交えられるギャグ、そして「楽しんで強くなる」という新たな価値観を以て、スポ根のイメージが強かったそれまでの柔道マンガと一線を画し、人気を博した。連載は1988年から1995年まで。
語り手:東弘太郎 古今の柔道マンガを「やたらに読み込んでいる」柔道マニア。大メジャーはもちろん泡沫連載のギャグマンガや知られざる怪作まであまねく読み込むその熱量は少々異様。その造詣の深さと見識に編集長が惚れ込み、たって登場願った。競技では「三五十五とも粉川巧とも一緒にインターハイ出場」の実績あり。暑くなってきた今いきたいのは「柔侠伝」の駒子が勤める「カフェロミオ」か、「大樹の道」の瑠璃ちゃんがバイトしている「珈琲コア」。ビールが飲みたい。
聞き手:古田英毅 eJudo編集長。自他ともに認める読書家でフィクション好き。ただし柔道マンガに関しても一貫して「いいフィクションは読む」「乗れないものは必ずしも読まない」という姿勢で接してきたため、このジャンルの積み上げは東氏に比べて薄め。まだ見ぬ良き柔道マンガを仕事で読ませてもらえるチャンスと、期待に胸を膨らませている。好きな女性キャラは、「からん」の高瀬雅と「帯をギュっとね!」の袴田今日子。同級生の高瀬さんに上手に褒められて、先輩の袴田さんに激しく叱られたいものです。
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古田: というわけで、eJudoマンガ夜話第3回、「帯をギュっとね!」です。私たちが言うところの「ビッグ5」の一であり、世の中的には「3大柔道マンガ」の一であるこの作品。eJudoのユーザーは皆さん既に読んでおられるかと思いますので、既読を前提にその魅力を語っていただこうかと思います。東さん、今回も宜しくお願いいたします。
東: 了解しました。
古田: マンガ批評としては既にたくさん優れたものがある作品でもありますので、
東: そうですね。我々がやる以上、この企画の趣旨に沿ってなるべく「柔道」側の視点に傾けてやっていきたいと思います。…さてこの作品。河合克敏先生本人も語っておられるんですが、後発の3番手として始まった作品だったんですよね。
古田: はい。同じ時代に「柔道部物語」(週刊ヤングマガジン・1985~1991)と「YAWARA!」(ビッグコミックスピリッツ・1986~1993)、というそれぞれ画期的な柔道マンガふたつの連載があり、既にかなりの人気を博していました。「帯をギュッとね!」の連載開始が1989年ですから、両作品はもう脂が乗り切って、揺るぎない地位を確立していましたね。
東: 河合先生いわく、その状況の中で自分が挑む意義、描く意義としては敢えて邪道を志向して、先行する2つの作品にないものを描こうとしたと。そしてそのご本人が「邪道」とおっしゃっている要素が、結果としては「帯をギュッとね」を極めて正統派の部活ものとして、そして面白い柔道マンガとして成立させたなと思います。
古田: まさに同感です。
河合克敏の「誠実さ」と「信念」
古田: さて、今回は東さんより、まず作品の魅力を斬るキーワードとして作者の「誠実さ」と「信念」という2つを挙げて頂きました。ここから行きましょうか。
東: まず誠実さ。これは河合克敏作品すべてに言えることなんですが、作者の極めて誠実な人柄、そして作劇の姿勢が作品全体を覆っている。具体的には多様なディティールを様々な方向に、それも実に丁寧に積み重ねていく。ご本人は作品の方向性を「邪道」と仰ってますが、この部分に関してはむしろケレン味なく、魅力的なディティールをひたすら重ね塗りしていきます。この積み重ねが作品世界を読者にとって極めて身近なものにしている。まるで自分たちがその場にいて同じ青春を送っているように感じられる。これがこの作品の最大の魅力かなと思います。
古田: 「その場にいて同じ青春を送っているように感じられる」。80年代後期という時代に感覚があっていたこともあり、呼び起こす共感性は半端ないものがありました。そのディティールの積み重ねは、例えばキャラクターの造型の部分に顕著ですよね。このあたり、描きだす前にかなりキャラクターや設定をじっくり作るタイプだとご自身語っていますし、また、「TO-Y」の上條敦士さんのアシスタントをしていた時代に、あの作品の「全員にファンがつくように造型したい」という姿勢に影響されたとの発言もあります。浜名湖高の5人とヒロインたちを考えるに、これはスッと納得できます。みな個性的で魅力的。
東: 「全員にファンがつく」。言うはたやすいんですけど、人数も多いですし、これはなかなか難しい。そして、それぞれのキャラクターが際立ってしかもファンがつくというだけの描き込みは、試合場の描写だけでは不可能ですからね。
古田: なるほど!ここは大きなポイントです。
東: それぞれの性格なり来し方なり、バックボーンに共感できる部分があって初めて魅力的なキャラクターが成立するわけで、ここに対してきちっと誌面を割いているんですね。これが他の柔道マンガと「帯をギュッとね!」を比べたときにもっとも凄いと思うところですね。「ビッグ5」の中でもここは際立っています。
古田: 描き込みの絶対量。人気キャラクターが多いという「帯ギュ!」の特徴は、「バトルだけでなく日常まるごとを描く」という作劇の姿勢が反映された結果ということですね。
東: という「誠実さ」と、もう1つは、「信念」というところですね。
古田: 作品を貫くテーマ。
東: はい。作者自身が中学、高校と柔道をされていて、その時の体験から、体育会系の悪しき習慣を断ち切っても全国に行けるんだ、それをファンタジーでなく描きたかったんだと発言しています。この姿勢を終始一貫させていることが、「帯をギュッとね!」という作品独特の空気感を作っていると思います。
古田: このテーマが身近な、我々がいる現実の競技世界と繋がっているものだと感じさせるために、手を変え品を変え、技術的なディティールを重ね塗りして世界観を補強していますね。…ご本人は高校2年生、弐段を取るまで柔道をされたんですよね。
東: 世代的には私や古田さんの10歳くらい上なので、ちょうど世田谷学園が勃興してきたころに高校時代を過ごしたという感じですかね。
古田: その時代を生きた人なのだなと頷ける描写が随所にあります。
東: つまり世代的には小林まことさんとそれほど違わない世代の空気感の中でやっていた方だと思います。ただ小林さんの「柔道部物語」は、例えば「セッキョー」に代表されるように、その体育会的な慣習をしんどかったんだけど印象深いノスタルジーとして描いているんですけれども、河合克敏さんは、一種苦い思い出というか、そこは変えるべきだという強い信念を持って描いていると思います。そこが例えば、上級生がいない高校に中学時代に出会った仲間が集って新しい部を立ち上げるというスタートになっていったんだと思います。
古田: 設定上、まずは先輩というくびき、上下関係がないスタートを組んだ。
東: そうですね。
古田: ご指摘の「体育会の悪しき慣習を断ち切っても、全国に行ける」と信念を描かんとする設定の話、例えば指導者の造型にもよく表れていますよね。倉田典膳と西久保さんという指導者が2人出てくるんですけど、どちらも専任の先生ではないんですよね。
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