【連載】eJudoマンガ夜話 第6回「もういっぽん!」/好評連載の強みと課題を徹底分析、ビッグ5に迫るには?

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(c)Y.MURAOKA/秋田書店
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世にあまたある柔道マンガを、「柔道」側からの視点でよもやま語って批評する「eJudoマンガ夜話」。第6回は貴重な現役連載「もういっぽん!」(村岡ユウ/秋田書店)の登場です。村岡ユウ氏の柔道連載はこれが通算4作目。過去作「ウチコミ!!」にも濃く言及しながらその戦略と長所、そして飛躍するための課題に迫ります。現代の女子柔道のリアルな皮膚感にあふれたこの「もういっぽん!」、ぜひ作品をご一読の上で、この評もお楽しみください。

※収録は2020年7月、第8巻発売直後に行われました

<<「もういっぽん!」 あらすじ>>
中学最後の試合で理想の一本勝ちをして柔道を引退するつもりだった主人公・園田未知だが、結果は初見の強豪相手に絞め落とされて一本負け。有終の美を飾ることは出来なかった。その後は柔道をあきらめて普通の女子高生ライフを満喫するつもりであった未知だが、進学した青葉西高校で最後の相手だった氷浦永遠と再会。氷浦の熱心な勧誘を受け、もつれて思わず出してしまった技に大好きな「一本」の快感を思い出し、青畳に戻ることを決意する。この時点で部員は2人のみであったが、まず中学時代からのチームメイトで親友の滝川早苗、のちには幼馴染で剣道の実力者南雲安奈も部に加わることとなり、未知と仲間の「一本みち」が始まる。「週刊少年チャンピオン」2018年第48号から連載開始、現在も継続中。

<<「ウチコミ!!」あらすじ>>
武蔵原高校1年生の光石練(レン)は身体が小さいことが悩みの種。小柄過ぎるゆえに小学校の頃から苛められ、高校でもパシリとして扱われる日々。そんな中、背を伸ばすためにと毎日木にぶら下がり続けて養われた握力とコンプレックスの強さゆえの執念に光を感じた2年生の祭田春樹が、レンを柔道部に勧誘。投げることの面白さと「一本」の魅力に取りつかれたレンは柔道にのめりこんでいく。祭田や同級生の結城飛悠馬らの手練れ、顧問でもと女子強化選手の八乙女真千華ら個性派に囲まれる中でレンはめきめき成長。インターハイ地区予選でも初心者とは思えない活躍を見せる。やがてストーリーの中心は祭田と、中学時代からの盟友で今は強豪・立川学園高校でエースを張る紅林宗吾との因縁へ移っていく。「週刊少年チャンピオン」2013年38号から2015年1号まで連載。

語り手:東弘太郎 古今の柔道マンガを「やたらに読み込んでいる」柔道マニア。大メジャーはもちろん泡沫連載のギャグマンガや知られざる怪作まであまねく読み込むその熱量は少々異様。その造詣の深さと見識に編集長が惚れ込み、たって登場願った。競技では「三五十五とも粉川巧とも一緒にインターハイ出場」の実績あり。ようやく涼しくなってきたので、「姿三四郎」などでおなじみ、すき焼きが食べたいきょうこの頃。柔道家はすき焼きです。

聞き手:古田英毅 eJudo編集長。自他ともに認める読書家でフィクション好き。ただし柔道マンガに関しても一貫して「いいフィクションは読む」「乗れないものは必ずしも読まない」という姿勢で接してきたため、このジャンルの積み上げは東氏に比べて薄め。まだ見ぬ良き柔道マンガを仕事で読ませてもらえるチャンスと、期待に胸を膨らませている。先日みなもと太郎版の「姿三四郎」読んで檜垣鉄心と源三郎の造型に大爆笑。即座に好きな柔道マンガ「敵役十傑」に入れることとする。これぞプロの仕事。最高だ!まだまだ凄い作品が隠れていますよ、柔道マンガ。

     *     *     *     

古田: 今回は「もういっぽん!」ということで。よろしくお願いします。

東: よろしくお願いします。作者は村岡ユウ氏、秋田書店「週刊少年チャンピオン」で2018年の第47号から連載開始、現在も続いています。

古田: 貴重な現役連載の登場ですね。…ここまでまず傑作「からん」、続いていわゆる「ビッグ5」作品の中から「帯をギュッとね!」「YAWARA!」の2つを論じて来ました。このラインナップに伍する水準で論ずるのは正直、どんな作品にとっても、かなりハードルが高いと思います。東さん、例によって今回も「ヒット作の条件は?」に沿って、入り口や上昇装置、日常描写といったところの検証から始める流れですか?となると、率直に言ってそれなりにシビアな展開が予想されますが。

東: いや、今回はちょっと趣を変えて。村岡ユウ氏の特徴を踏まえた上で、「もういっぽん!」の可能性を論じましょうという大きな視点に立って進めたいと思います。そのためにも、まずは前作「ウチコミ!!」(「週刊少年チャンピオン」2013年38号から2015年1号まで連載)も合わせて見ていくことで、彼の作品の強みと弱みを抽出してみるところから始めてみたいと思います。

古田: なるほど。作品としては成功したと言い難い「ウチコミ!!」ですが、比べることで成長が見えやすいということもありますし、「もういっぽん!」がどういう戦略で描かれているかというのもわかりやすくなりますね。

東: 大前提として「もういっぽん!」が「ウチコミ!!」よりだいぶ作品として成長していることがありますし。

古田: 仰る通りと思います。成長した部分と弱点を引き継いでしまっている部分、さらにこれをどう自覚してどうコントロールしているのか。今回あるべき論点がはっきり目に見えてくる気がします。

東: 「ウチコミ!!」を見ながら、そして必要に応じて「もういっぽん!」と比較しながら進めていくこととしましょう。

■強みは「あふれる柔道愛」と「バラエティー豊かな“萌え”系女子の描き分け」

東: まず、「強み」のほうから。村岡ユウという漫画家の柔道漫画を描く上での強みというのは、ご本人が柔道経験者ということもあり柔道に対する理解が深く、柔道愛にあふれているということですね。おそらくご自身が体験されたであろう高校柔道の空気感をうまく生かしていたり、取材をすることで最新の柔道のトレンドを取り入れたりと、非常に熱量が高い。いま実際に柔道をやっている人が、「なるほど」と思いながら、興味を持って見られる部分がたくさんあると思います。

古田: 同感です。柔道の試合や技術を描くこと自体が非常に楽しいんだろうなと思います。「ウチコミ!!」でも随所にそれが感じられますね。

東: 迫力ある投げを描こうとか、リアルな動きを表現したいという衝動が非常に強いですし、このあたりは柔道経験者の琴線に触れる部分も大いにあると思います。テクニックという部分はもちろん、随所に彼の柔道観が出てきますよね。これがなかなか良い。「ウチコミ!!」で言うと、例えば5巻から登場するナルシスト成美悟のダンスを取り入れた柔道を巡っての展開。実はこれまでの柔道漫画にはなかなかなかった。

古田: 成美の柔道は素直に面白いなと思いました。ダンスの身体性が柔道においては異次元の技として昇華されるという。絵としても十分その異様さと凄さが出ていて、ジャストアイデアの域を超えて、意図がきちんと表現として成り立っていました。技が唐突なタイミングで、ひと呼吸でもう防ぎようがない決定的な位置まで進んで出てくる。なかなか説得力ある絵でしたよ。

東: で、6巻でその成美と主人公レンが好勝負を繰り広げ、実力以上の非常に良い攻防をするんですね。お互いの力を出し合い、その衝突が、決着のモノローグに繋がる。えーと、「僕1人ではなし得ない、互いの力の技と衝突と流れが、躍動を高め合ってこそ描かれる、『自他共栄の美』、それが柔道」。こういった形で柔道の魅力を明確に打ち出した漫画は、これまでなかったと思います。

古田: この連載の2回目「からん」の回で、現実世界にあっての良い「一本」や良い勝負は1人だけで作り出せるものではなく、力関係とか場の熱量とかいろいろなものが揃ってこそ出来るものだ、という話をしたかと思います。確かに正面切ってそこ、柔道は「相手あって」のものであるということを描こうという作品は実はほとんどなかった。これはとても良い場面でしたね。相手の成美が押し出し的にはふざけたキャラで、テクニックもいわば邪道系であることで、逆にバランスが取れていた。キャラクターがメッセージ力を一段上げているなと思いました。

東: この「相手あって」こその一本については、同じテーマで、「もういっぽん!」の方でも描いていますよね。7巻、金鷲旗3回戦の氷浦永遠とエマ・デュランの試合でも「自他共栄の美」を描いています。こちらは高い才能がぶつかり合うことで生まれた素晴らしい勝負。決着の描写の意外性も含めて、やはりかなり上手くなっているなと思います。

古田: いずれの試合も、描写、メッセージどちらにおいても彼の良いところが表れているということですね。攻防や技術の描写に関しては、村岡氏が一番好きな部分であるからこそ成長がわかりやすい。こと、バトルシーンに関しては、予想の少しだけ先で展開を曲がらせたり、読者の読解スピードの少しだけ先を行ったりというエンタテインメントの基本が踏めていて、気持ちのいいテンポで運べるようになりましたよね。これが上手くない人だと、もう読者の理解が済んだ後に、後から絵や言葉が一瞬遅れて追いかけてくるというもどかしい読書体験になってしまうんですが。

東: こっちが思っているものと違う展開になるにしても、例えばガッカリしちゃう方向に持っていってしまう人もいるんですけど、今の村岡さんは「この選手、ここで負けちゃうんだ」「負けるにしてもこういう展開にするんだ」と、読む側、特に柔道をわかっている人たちを良い形で裏切ることが出来るようになっているなと思います。

古田: 同感です。

東: この文脈で言うとたとえば「もういっぽん!」の7巻、氷浦-エマ・デュラン戦は相当面白い。残り10秒から氷浦が先に大外刈にいって、エマの大外返を誘った上で支釣込足で切り返す。この技術はここまでの連載の中でライバル校の先輩選手が得意にしていて、それを学ぶという形で割と印象的に扱われてきた連携です。そういう伏線があるがゆえにどうやらこの技で決まるのだろうと思いきや、エマが驚異的な身体能力で手を着いて反転しながらさらに後の先の背負投で返す、と。良い意味で意外性のある展開であり、技術でした。…さらにもう少し言うと、これ、20年前だったら「ありえないよ」と言われた攻防かもしれませんが、いまの時代であればありえる「ギリギリの線での奇想天外」をうまく作っていると思います。

古田: 第1話で未知が偶然やれてしまった「ザンタライア大外返し」が実際に存在する競技世界が訪れているわけですからね。やっぱりよく勉強しているんでしょうね。

東: ちょっと脇道にそれますが、この攻防が読者に受け入れられる形で成立するというのは柔道マンガ史と競技史、両方の面から見てなかなか興味深いんですね。例えばかつて「柔道一直線」の作品世界では相手が投げにきたときに、とんぼを切って返すというのが標準装備になっていたわけです。現実の世界にあっては荒唐無稽だけど、スポーツマンガに必殺技が求められていた昭和40年代のフィクション世界では成立していた。で、その後「柔道部物語」以降、柔道マンガやスポーツマンガがリアルさを追求する時代になると「そういうのは現実的にありえないでしょう」と読者に受け入れられなくなってしまった。

古田: なるほど!ところが2010年代以降は現実の競技世界のほうが結構フィクション世界に追いついてきてしまって、ワールドツアーのトップレベルでは「トンボを切って返す」に近いようなアクロバティックな技術も現実的にみられるようになったと。結果、フィクションの中でのこういう攻防が「ありそうだ」という折り合いがつくラインまで降りて来たと読めるわけですね。

東: そういうことです。まあ、方向性としては高校生レベルでは危ない、真似して欲しくない技術ではあるんですが、あの、氷浦対エマ・デュランの攻防が「現実にあっておかしくないレベルの高い攻防」と受け止められることには、柔道マンガと柔道競技、両方のウォッチャーとしてはなかなか感慨深いものがあります。いまのマンガ家にとっては追い風なんじゃないでしょうか。

古田: こと「柔道パート」に関してはやっぱり悪くないんですよね。好きであることで自然に乗り越えられているものがたくさんある印象です。

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